●『竹村直伸探偵小説選I』 論創社 読了。
冒頭の謎の魅力も、展開の捻りも、意外な真相も、それぞれ高い水準にある作品が揃っている。作品の特徴は、しばしば事件の謎ではなく人間の謎を扱っていること。これがまた秀逸である。
たとえば「霧の中で」の、見ず知らずのおじさんに花束を渡す少女。「見事な女」の、亭主に仕事を世話しては次の亭主に乗り換えていく女。「落札された花嫁」の、見ず知らずの花嫁に侮辱的な暴言を吐く男。「殺し屋失格」の、噛み合わないまま目的のよく分からない会話を続ける女。「狂気」の、手相を観て相手の状況を異常に詳細に言い当ててゆく男。それらの奇妙な謎の背後に、意外で納得のいく真相が隠されている。
他に気に入った作品を題名だけ挙げておくと、「消えたバス」、「三人目」、「火葬場の客」、「ある誤算」、「また貸し」といったところ。打率は非常に高い。
収録作のベストは「タロの死」。これもまた秀逸な人間の謎である。見ず知らずの少年に犬をくれてやる女。しかも後日、少年の母親名義で勝手に犬の鑑札登録までしてしまう。ここから物語は意外な展開を示し、意外な結末にたどり着く。
これは傑作。論創ミステリ叢書でこんなに面白かったのは久しぶりだ。