累風庵閑日録

本と日常の徒然

第三回横溝読書会

●第三回横溝読書会が、都内某所にて開催された。参加者は司会者を含め総勢六名という、小ぢんまりとした会である。最寄駅から徒歩十分ほど、幹事さんに予約していただいた会場に落ち着いて、さて始まり。

●今回の課題図書は、昭和十一年から十二年にかけて雑誌に連載された「夜光虫」である。実際読む本として最もスタンダードなのは角川文庫だが、一緒に徳間文庫を持参している方が何人もおり、「血まみれ観音」やDS選書(!)持参の方も。

◆まずはいつもの通り、司会者の誘導によって参加者が順番に簡単な感想を言っていく。
「まあ戦前の横溝、さらっと読めるミステリ」
「磯貝ぎんはタフ」
「最近の乱歩アニメみたいに、独自の設定でアニメにすれば面白いのでは」
「時代伝奇小説のような味わい」
「展開の途中をかなりすっ飛ばしている」
「土曜ワイド劇場みたい」

◆ここから先はフリートークになる。「夜光虫」はスリラー色が強く、展開の興味で読ませる作品である。一応意外な真相はあるが、あまりにもバレバレ。したがって、伏線だとか推理の筋道だとかに関する会話が難しい。なんとなく焦点がぼやけた感じで、話はとりとめもなくあちこちに転がってゆく。カッコ内の数字は、関連する角川文庫のページである。

「全体的に時代小説に親和性が高く、例えば冒頭の状況は「不知火奉行」に流用されている」
「「緋牡丹銀次 金座太平記」にも使われているらしい」
「章の頭の小見出しなんか、講談調だし」
「盛り上がる場面で、形容詞がやたらに古風」
「連載誌は大衆向け娯楽雑誌だから、読者の嗜好に合わせたのか」

「一番の盛り上がりは冒頭のシーン」
「掴みはオッケー」
「正史は最初に派手な事件をボカンと起こし、その後収束する書き方をする」
「その場のノリで書いている感じがする」
「来月に続く、という書き方は伝奇小説っぽい」

「ひょっとこ長屋の設定は今ではきついだろう」
「よくもまあ徳間文庫で出した」
「一部表現が改訂されている」
「その一方で角川文庫は校正がしっかりしていない。船の中には誰それと誰それと、五人しか書かれていないのに「都合六人」とある(P.5)」
「角川文庫は女中の存在がすっぽり抜け落ちている不思議な文章」

「なぜ題名が「夜光虫」なのかが謎」
「題名を付けるとしたら「人面瘡」では」
「それではあまりにもそのものずばりで面白くない」
「「血まみれ観音」にすればいい」
「そしてアニメ化」
「ひょっとこ長屋の描写は無難なものにしないと」
「いっそ宇宙を舞台にすれば異形のエイリアンをたくさん出せる」

◆作品そのものについて語る手掛かりに乏しいせいか、度々話題が乱歩との関連に及ぶ。
「ライオンのネタは涙香の「幽霊塔」」
「乱歩の「幽霊塔」は「夜光虫」と同時期の連載なので、「夜光虫」に突然幽霊塔が出てきたのは乱歩を意識したのでは」

「乱歩色を出そうとしたのか、対抗しようとしたのかは不明だが、結果として乱歩色が強くなっている」
「でも正史の資質なのか、乱歩ほどねちこくは書けない」
「参考資料として乱歩の「幽霊塔」を読み始めたらそっちの方が面白くなった」

「「八つ墓村」と乱歩の「孤島の鬼」との中間に、「夜光虫」があるような気がする」

◆後年の作品との関連
「琴絵はただのお人形だったのが最後に人間味が出てきた」
「こういう成長は「八つ墓村」の典子に通じる」
「それまで押し殺していた感情が一気に溢れ出たのではないか。それを成長とみるか本来の性格が表に出てきたのか」

「人面瘡だとか美少年だとか、他の作品につながるモチーフが出てくるし、同じ人名も出てくる」
「後年の作品で同じような展開もみられる」

「正史はこの当時から屍蝋の存在を知っていた(P.222)」
「医学系だから、昔から知っていてもおかしくない」
「屍蝋と人面瘡が卒論だったりして(笑)」

◆当時の時事ネタをいろいろ導入している
「風呂場で歌ってデビューした警官(P.13)」
「今の福助(P.17)」
「ベッティ・ブープ(P.44)」
「曲馬団からサーカスへの言葉の移り変わり(P.68)」
「アンドロクラス(P.100)」
「当時の読者は匂わせるだけで、あああれか、とすぐ分かっただろう」
「正史のサービス精神は昔から変わらずあった」

◆由利先生シリーズについて
「由利先生がまともに推理しているシーンが数ページしかない。(P.173~179)ここが金田一との大きな違い」
「シリーズには、水辺のシーンがやたらに多い」
「昔の自動車は速くなかったから、カーチェイスよりも川での追跡の方がスピード感を演出できたのでは」
「それに、一般読者にとっては車よりも水上交通の方が馴染み深かったかも」
「由利先生シリーズはほとんど諏訪時代に書かれている。正史はこの頃の東京をあまり知らないから、書くのに自信がなかったのでは。だからこそ、両国の川開きだとか、古風な題材を使っているのかも」

◆美少年の話も
「美少年の記号として、髪は栗色(P.9)」
「正史の美少年のネーミングはとてつもない」
「描写は乱歩の方がねちこい」
「本気だったのでは」

◆会場では当然、後半の展開も事件の背景もすべてオープンで語られたのだが、その辺りは非公開である。二時間というまとまった時間だし、実際の内容はここに書いたものの何倍もある。

◆そろそろ終了時刻になったのでまとめに入る。
「結局みんな幸せになったということで」
「めでたしめでたし」
「この作品では由利先生と三津木の活躍がちょっと少なかったような」
「いや、だいたいどれもそんな感じ」

●いったん駅に戻り、ほど近い居酒屋で読書会の打ち上げをやる。お一人様がお帰りで、飲み会から参加のお一人様が加わって、総勢六人。ここでも延々と横溝話が繰り広げられる。この段落はこれだけ。

●今回の読書会では、以前からネット上でお付き合いさせていただいている某氏に、リアルでお会いできたことが個人的に大きな収穫であった。そして緋牡丹銀次の件は今後の宿題としておく。内容を夜光虫と比較してみなければ。