累風庵閑日録

本と日常の徒然

『死が最後にやってくる』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『死が最後にやってくる』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 いやはや、こいつは面白い。

 登場人物が類型的、と言うと悪口になってしまうがそうではない。久しぶりに読んだクリスティーは、その分かりやすさに驚く。よくある強権的な家長と、どこにでもあるような不満を抱えたどこにでもいるような家族達。彼らはそれぞれ、優柔不断、自信過剰、思い上がり、保身、詮索好き、等といった特徴が与えられており、それぞれの人物像を容易に把握できる。

 舞台は紀元前二千年頃のエジプト。だが、冒頭の作者の言葉にあるように、「場所も年代も物語自体にとっては付随的なもので、どこの場所でいつ起こったとしても構わない」のである。何もひっかかることなく、すいすいページが進む。娯楽小説としての望ましい姿がここにある。

 ところが、だ。読み進めていくうちに彼らが活き活きと動き始め、生々しい相貌を露わにしてくる。ある者はその特質が極端になり、またある者は隠れていた全く別の性質が表に出てくる。例えば家長であるインホテプは、厳格ではあるが一家を堅実に運営してゆく頼りになる男。そんなイメージで登場した彼が、読めば読むほどどんどん駄目な人間に見えてくる。結局この作品は、人物描写がずば抜けて面白いのである。

 事件は予想外に人が死にまくる派手な展開で、そこに死霊の呪いなんて味付けがちょいと加えられる。犯人は(伏字)見当は付くけれど。意外性に関しては少々心細いが、何よりもまず、読んで面白い小説なのであった。