累風庵閑日録

本と日常の徒然

鏡の中と傘の中

●「横溝正史『女シリーズ』の初出を読む」プロジェクト。今回は第五作「鏡の中の女」を読む。

 初出版が三段組み十ページ、前後編それぞれ三節の構成に対し、角川文庫版は約五十ページ、前編三節、後編五節の構成である。後編第二節までは、わずかな増補があるものの基本的に両者は同じ。後編第三節以降に大幅な増補がある。

 主な違いは次の通り。警察の捜査で判明した、犯行前後の状況がより詳しくなっている。警察がカフェ『アリバイ』での出来事を知る部分が第四節として独立し、初出では金田一耕助の話の中に出てくるだけだった増本女史が、実際に警察に出向いている。

 金田一耕助が事件の記録者に対して真相を話して聞かせる部分も、独立した第五節に仕立てられている。ここでは犯人の動機や心情に関する記述が詳しくなっている。初出ではいきなり結論を投げ出して終わりだったが、文庫では物証に関する記述もある。というより、この点は初出でも伏線として書かれているのに、結末部分でまったく無視されている。

 初出で上記の伏線がかっ飛ばされたのは、おそらくページが足りなかったのだろう。こうして比べてみると、初出では犯罪の実行部分も解決部分も至極あっさりしており、まるで梗概を読むような気分になるのはいつもの通り。

●続いて第六作「傘の中の女」も読む。

 初出版は三段組み十ページ、前編が三節、解決編が四節の構成である。今回はちゃんと、結末の部分が独立して一節になっている。この辺り、シリーズとしての統一的な構成にはあまり重きを置いていなかったようだ。角川文庫版は前編が四節構成に増えており、金田一耕助と等々力警部とが土地の警察に会ってから後の部分が独立している。

 解決編では、第二節で重要な目撃証言が得られるのだが、文庫ではその情報を補填する記述が追加されている。第三節以降、大幅な増補がある。内容は主に、関係者の人物像や境遇に関する記述と、このシリーズでは珍しく、金田一耕助が推理を語る場面、そして第四節の、事件の背景および動機に関する情報である。

 他に、本筋とはかかわりがないが、関連するキャバレーの名前が「ランターン」から「フラ」に変更されている。また、金田一耕助と等々力警部の仲の良さを表す場面が増えている。この二人、本当に仲が良さそうなのだ。