累風庵閑日録

本と日常の徒然

泥の中の女

●「横溝正史『女シリーズ』の初出を読む」プロジェクト。今回は第三作「泥の中の女」を扱う。初出時の題名は「泥の中の顔」である。

 まずは構成の異同を確認する。三段組み十ページの初出が、文庫版では天晴れ六十ページにまで膨らんでいる。初出では、前編が「目撃者」の章題で四節、解決編が「鍵を握る者」の章題で三節の構成となっている。文庫版では章題は無く、全部で八節の構成である。筆者への金田一耕助の説明部分は、初出では一ページの四割ほどだったが、文庫では独立した第八節となって約六ページに増幅している。

 基本的な骨格は両者で同じだが、文庫版の方が描写も会話も丁寧になって、情報量が大幅に増えている。比べてみると初出版はあまりにも簡素で、ただの梗概のようにすら見えてしまう。追加情報としてはたとえば、死体が発見場所まで流されてきた理由として、事件の夜に大豪雨があったことになっている。

 目に付く違いが二つ。一つは事件に関わる事柄で、泥の中から発見された死体の状態が異なっている。初出版の描写では矛盾が生じるので、ここは文庫版の描写でなければならない。これ以上詳しいことは公開では書けないので、非公開で書いておく。

(以下、一段落分非公開)

 二つ目の違いは、直接ストーリーに関係がない。暗がりで捕らえられた犯人の顔を照らすのが、初出では懐中電灯、文庫版では街灯の明かりである。街頭があるのになぜ暗がりか、というと犯人がスイッチを切っていたから。そのスイッチを金田一耕助がONにして犯人の顔を照らした訳だが、不思議な話である。作品が改稿された頃、街灯というのは路傍の一般人が勝手に点けたり消したりできるようになっていたのだろうか。この疑問は以前どこかで読んだ気もするけれど。

●続いて第四作「鞄の中の女」を読む……つもりだったけど、この辺りで気力が尽きた。明日に先送りする。