累風庵閑日録

本と日常の徒然

『三遊亭円朝探偵小説選』 論創社

●『三遊亭円朝探偵小説選』 論創社 読了。

 語りの名人円朝の言葉をそのまま速記で写したというだけあって、明治時代の文章にもかかわらず実に読みやすい。しかも内容は落語である。とにかくもう、ひたすらに分かりやすい。徹底して庶民に寄り添う芸能なので、難解なお芸術ではないのだ。

 ただその内容は、ストレートに胸に迫る分だけしんどくもある。しんどさの元はふたつ。ひとつは、今よりはるかに厳しく、広範囲で共有されていた社会規範の存在である。世間の常識が個人をがんじがらめに縛って押しつぶしてゆく様子が、なんとも窮屈。どうにも息苦しい。

 もうひとつは、悪人の造形である。悪のヒーローといった虚構性と対極にある、卑しさ、醜さ、愚かさは、読んでいてうんざりである。そういうのは、現実世界だけで沢山なのだ。あまりにしんどいので途中何度も中断を挟み、読了するまで半月かかってしまった。

 個別の作品についてちょっとだけコメントしておく。「西洋人情噺 英国孝子ジョージスミス之伝」と「黄薔薇」の二編は、ミステリらしい捻りこそないが、結末の超展開が凄まじい。

「雨夜の引窓」は、死体移動のてんやわんやが語られる。巻末解題によると、類似の物語は世界中に分布するそうな。興味深いことである。解題では言及されていないが、落語だけを考えても、上方の「算段の平兵衛」がほぼ同型と言っていいほど似ている。