累風庵閑日録

本と日常の徒然

『北町一郎探偵小説選I』 論創社

●『北町一郎探偵小説選I』 論創社 読了。

 メインの長編「白日夢」は、なんと八十年ぶりの刊行だそうで。まずは読めるということにひとつの価値がある。それはそれとして、肝心なのは作品の出来栄えだ。

 物語の起伏で読ませるスリラー。中盤以降の加速感が凄まじい。人間関係と物語展開とに関する偶然度合が凄まじい。結末で、とにもかくにも広げた風呂敷をたたもうとする慌ただしさが凄まじい。残念ながら、八十年間復刊されなくてもさほどもったいとは感じなかった。

 併録の短編では「作家志願」が群を抜く面白さであった。文壇に巣食う人々の情熱と野心、欲と妬み、卑しさと浅ましさ、醜さと愚かさ、その他諸々の身もふたもない人間臭さを、皮肉に冷徹に描く筆の運びに感心した。終盤の展開も結末の付け方もなかなかのもの。そういう方向に行くのか、という驚きがある。