累風庵閑日録

本と日常の徒然

『ある醜聞』 B・コッブ 論創社

●『ある醜聞』 B・コッブ 論創社 読了。

 設定が秀逸。上司である警視とその秘書との逢引を偶然知ってしまった主人公のアーミテージ警部補。秘書はその後失踪し、死体で発見される。上司はなんと、秘書と関係があったことをしらばっくれて黙っている。知っているのは主人公だけ。

 ここでポイントは、主人公の造形である。組織の腐敗に怒りを燃やす正義の男ではないのだ。彼が思うに、上司から嫌われると昇進に響くし、下手なことを口走ったら警察にいられなくなる。そこで彼はひとまず口をつぐんで保身に走る。かといって権力に媚びる佞姦ではなく、上司のだんまりに何も感じないような悪徳警官でもない。サラリーマン根性を持った市井の人、なのである。

 上司は自らに累が及ばないように微妙に捜査を調整し始める。アーミテージはそれをかわしながら受け流しながら、かつは上司のご機嫌を損ねないようにしながら、事件を追求してゆく。組織内政治を泳ぎ渡る様子が何やら身につまされるようで、ご苦労様ってなもんである。

 ミステリとして肝心な、事件の真相も物語の結末も、これはこれで満足。良いものを読んだ。