累風庵閑日録

本と日常の徒然

第七回オンライン横溝正史読書会『蝶々殺人事件』

●第七回オンライン横溝正史読書会を開催した。課題図書は『蝶々殺人事件』で、昭和二十二年から翌年にかけて雑誌『ロック』に連載された作品である。参加者は私を含めて十名。早い段階で参加枠が全て埋まる盛況であった。

●会ではネタバレ全開だったのだが、このレポートでは当然その辺りは非公開である。なお各項目末尾に数字が付されている場合、角川文庫『蝶々殺人事件』旧版のページを示す。参照したのは昭和四十八年刊の再版。異なる版ではページが前後する可能性がある。

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◆まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく
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「蝶々殺人事件は本能寺の変みたいだ(詳細は真相に触れるので省略)」
「ドラマや舞台では犯人の動機がそれぞれ全部違ってて、改変ポイントがそこに集中しているのが面白い」
「よくできてる。出てくる小道具がしっかり当てはまっている」
「横溝ミステリの原点みたいなもの。小さく積み重ねるネタを後の作品で再利用している。この作品と『本陣殺人事件』とで、その当時持っているものを全部出した感じ」
「由利先生って、うわっはっはって、悪役みたいな笑い方をする(P250)のが新鮮だった」
「入り組んでて分かりにくい作品という印象がある」
「F・W・クロフツ『樽』に似てるイメージがあったけど、再読してみるとそれほど似てなかった」
「ふたつの都会をまたぐ話で読み応えがあった」
「事件は重くて暗いけど、最後の終わり方でさわやかな印象」
 なおネタバレが含まれるために省略した感想がいくつかある。

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◆もう少し掘り下げた全体の感想
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 本当はここに書いたものの何倍もの発言があった。
「『樽』よりは分かりやすい。コンパクトにまとまっている」
「案外シンプル」

「都合よく(伏字)たのは最後の念押し」
「結果として綺麗に収まった事件」
「上手くいくように書いたから上手くいった」

「トリックを追いかけるより心理を追いかける方が分かりやすかった」
「アリバイトリックというより心理トリック」
「探偵作家は『本陣殺人事件』を推して、純文学方面の坂口安吾は『蝶々殺人事件』を推したのはそこら辺のことだと思う」

「海外本格と比べると、小道具や意匠がいちいち派手」
「章題にも音楽用語を使ってるし、全体がひとつの舞台劇みたい」
「登場人物に舞台衣装の男装をさせて街中をうろうろさせてる」
「宝塚的なところも」

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◆『本陣殺人事件』との比較
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 いくつか興味深い対比が行われたけど、両作品の内容に触れるのでばっさり省略。
「やっぱりこの二作品は対になってるんだね」

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◆F・W・クロフツ『樽』との比較
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横溝正史は自分が読んだ作品のバリエーションを考えることをよくやるので、『蝶々殺人事件』は『樽』を読んでいろいろ考えた結果なのかと思った」
「死体の登場シーンなんか『樽』の百倍派手」
「そこに全力を傾けている」
「死体登場の華々しさって、横溝作品のひとつの型なんだと思う」

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◆探偵役とその相棒
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「由利先生の推理って想像と直感で、論理的な推理があまりない」
「裁判に持ち込んだら勝てないと思う」
横溝正史の名探偵観が表れている。由利先生は間違えない。名探偵は間違っちゃいけないという呪縛」

「三津木俊助はこの作品で完全にワトソン役。以前の作品では三津木も推理をしてたけど、この作品では何もしてない」
金田一シリーズにおける等々力警部もそうだけど、あまりにも主人公探偵の相棒役になりすぎると捜査から外れてしまう」

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◆由利先生の復活ならず
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横溝正史が戦後書くつもりのなかった由利先生ものだけど、小栗虫太郎のピンチヒッターで書かざるを得なくなった。その後旧作に手を入れたり(『憑かれた女』、『仮面劇場』)、中絶してしまったけど『模造殺人事件』や『神の矢』を書き、次いで『カルメンの死』を書いた。そしてジュブナイル『夜光怪人』を書いてさあ復活かと思われたがそうはならなかった。由利先生の復活のチャンスは何度もあったんだけど、最終的には上手くいかなかった」

「『蝶々殺人事件』連載の翌年にジュブナイル『怪獣男爵』が書かれているが、その探偵役は小山田博士。ところが博士は総白髪で由利先生とイメージがかぶる。本当は由利先生を出したかったんだけど、復活に手間取っているのでとりあえず小山田博士にしたのではと推測してる。もうちょっと由利先生ものががんばっていたら、怪獣男爵は由利先生シリーズになったんじゃないか」
「『獣人』から『怪獣男爵』とは、猿始まりでゴリラ終わり」

 ここで言う『獣人』が由利先生ものの第一作である。

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◆その他小ネタいろいろ
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「和服の刑事(P93)ってなんだ」
「そこは正しくは私服の刑事で、舞台が戦前なので私服が和服だったりして」
「初出の雑誌から和服になってるので、原稿が出てこない限り検証できない」

「作中で警察が指紋を採るシーンがある(P55)けど、実際に日本の警察が組織的に指紋を活用し始めたのは戦後なので、作中の事件年代(昭和十二年)では早すぎる」
「外国のミステリでは当時すでに指紋の扱いは一般的だったので、その影響を受けている」
「横溝世界では指紋って重要事項」

「ホテルでみんなの部屋に外から人がばんばん入っているけど、そんなことできたんだっけ」
「少なくとも部屋のドアはオートロックじゃないわな」
「志賀がホテルの鍵を持ち歩いている(P238)のも不思議」
横溝正史は旅行をしない人だし、ホテルの鍵の扱いに手慣れてなかった可能性がある」
「先生ってば日常生活で知らないことが多そう」

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◆ネタバレ非公開部分のキーワードだけ並べておく
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犯行計画の根幹、くるくる、惚れてんじゃん、五感を刺激する名シーン、同時じゃない理由があることに感心した、逆だったことに感心した、みんながずぼらだったら成立しない、成功したから大笑い、殺した時点で満足しちゃった。

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◆なんとなくのまとめ
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『蝶々殺人事件』はトラベルミステリでもあるし、音楽ミステリでもある。なんなら愛の物語でもある。