累風庵閑日録

本と日常の徒然

『バスティーユの悪魔』 E・ガボリオ 論創社

●『バスティーユの悪魔』 E・ガボリオ 論創社 読了。

「悪魔」エグジリの造形が魅力的。毒薬と毒殺手段とに通暁することで人の死を支配し、生を支配する神と並び立っていると豪語する怪人。彼が使う毒ははぼ魔法と同等である。

 だが、途中で主人公の座を入れ替わったオリヴィエがちと困りもので。最初は聡明さと歳の割に深い考えとを備えた若者として登場しながら、ひとたび隣家の娘に惚れるや、軽率で堪え性がなくしばしば極端に走る性質を表してゆく。書かれた時代故の大仰な台詞回しで、なにかってえと愛だの理想だの永遠だのと口走る。

 オリヴィエばかりではなく、会話は全体的に大げさで冗長でまどろっこしい。その辺りは、現代のリズムで読むのが間違っているのだろう。なにしろ今から百六十年ほど前に書かれた、それよりさらに二百年ほど昔を舞台にした作品だからして。

 悪党サント=クロワや魂に地獄を秘めたブランヴィリエ侯爵夫人など、魅力的な人物がちょいちょい登場する。作者の頭の中で、彼らが入り乱れてどんな物語を展開するはずだったのか。今後の波乱を想像させる材料がいろいろ未消化で、中絶が残念である。本書は一応の結末は付けられているが、その部分の作者を含め詳しい経緯は不明だそうで。日本語で読めるという点は素晴らしいけれども、実際読んでみるとちと物足りない。