累風庵閑日録

本と日常の徒然

『バジル』 W・コリンズ 臨川書店

●『バジル』 W・コリンズ 臨川書店 読了。

ウィルキー・コリンズ傑作選」の第一巻である。なにしろ十九世紀半ばの作品だから、まどろっこしくて退屈で、時代がかって大仰で、読むのがしんどいだろうと思っていた。だが読み始めるとその予想はいい方向に完全に外れ、なんと面白いことか。もう少し台詞回しを簡潔にし、全体のテンポを速くしたら戦後に書かれたサスペンス作品としても通用しそうである。

 まず、序盤から不気味。主人公の青年貴族バジルが行きずりの娘に一目惚れし、こっそり後をつけて彼女が住んでいる家を確かめる。以来彼女に妄執を抱き、ストーカーまがいに付きまとって結婚を迫る。不思議なのは、そんな彼のことが特に否定的に扱われていないこと。よく分からないのだが、当時の価値観ではまっとうな純愛物語だったのだろうか。

 スローテンポで進む物語の中に、やがてかすかに不穏な空気が漂い始める。娘の一家に謎の影響力を持っている、奇妙な男。娘が時折垣間見せる、欲深さと冷酷さ。だが、恋に目がくらんだバジルはそんな危険信号をまるで意に介さない。

 展開が予想外だし、人物像にも予想外の裏の顔が潜んでいる。世間知らずのお坊ちゃんの惚れたハレタ話が、ある事件をきっかけに(伏字)ストーリーへと変貌して、そのままクライマックスに向かって突き進んでゆく。

●今年から、臨川書店のコリンズ傑作選を読んでゆくことにする。全十二巻を、年四冊のペースで三年計画。いくら面白いといってもまどろっこしいのは事実だし、しかも二段組だ。読むのにちょいと苦労するかもしれない。

●お願いしていた本が届いた。
『幽霊紳士』 大下宇陀児 東都我刊我書房