累風庵閑日録

本と日常の徒然

『振袖小姓捕物控 第一巻 黄金の猿鍔』 島本春雄 捕物出版

●『振袖小姓捕物控 第一巻 黄金の猿鍔』 島本春雄 捕物出版 読了。

 ミステリの一ジャンルとしての捕物帳のつもりで読み始めたら、盛大にずっこけた。主人公が事件に取り組んで解決する形式にはなっているものの、これってハチャメチャな伝奇短編シリーズなのであった。まず、主人公振袖美弥太郎の設定が凄い。北町奉行遠山金四郎の寵童で、当年とって十八歳。本当ならとっくに元服すべき年齢であるが、遠山奉行が手元から離そうとせず未だ前髪姿である。その容姿は沈魚落雁閉月羞花、大江戸八百八町の娘達がみな霞んでしまおうかという大変な美少年である。そんな美弥太郎がある日突然、市井の事件に取り組みたいと言いだして、奉行におねだりして与力格を与えられたことからシリーズが開幕する。

 しかもこの美弥太郎、総合武術振袖流の達人なので。振袖流に含まれるのは、剣術、弓術、体術、縄術、忍術。花火を使った通信術もお手の物。香料を駆使し人並み以上に鼻が利くようになるのが振袖流香術である。振袖流闇煙霧は毒ガス術。歩くときは地上一寸の上を風に乗るかと紛う振袖流浮動歩法で、滑るように移動する。犯人を捕縛に行くとき、現場周辺に仕掛けるのが振袖流闇縄張りである。こうして列挙してみると、なんとも馬鹿げた愉快さがあるではないか。

 作者自身が振袖流を総合武術だと意識していたかどうかは定かではない。完全無欠のスーパーマンが、あれもできるこれもできると挙げていくその都度、振袖流の名前を当て嵌めていったのではなかろうか。これだけの要素を与えられた主人公はさぞかし個性的と言いたいところだが、特徴を書いたカードが棒杭に何枚もぶら下げられているようだ。

 とある作品の、解決に至るプロセスはこうだ。闇夜で犯人に出会った美弥太郎が、相手に特殊な香料を仕掛ける。その香料は一般人が感じることはできず、香術を修めた者のみが嗅ぎ分けることができるという。後日、犯人が世を忍ぶ仮の姿で美弥太郎と会った時にその匂いがしたので、正体を暴かれてしまう。これって要するに、魔法や超能力で事件を解決するのと同じようなものである。

 主人公がこんなカッ飛んだ設定なので、敵側もなかなか負けてはいない。都城流忍術の達人。御嶽幻術の使い手、蝙蝠一族。邪香・髑髏香を使って人々を幻惑する闇公方。魔力を持った幽鬼銭を守護とし、攻めては銭を投げて相手を殺傷する、古賀流占銭術の達人。奇怪な毒矢を使う紅蜘蛛一族。錚々たる顔ぶれである。こうして列挙してみると、なんとも馬鹿げた愉快さがあるではないか。

 それにしても、全四巻のこのシリーズはそうそう続けて読めるものではない。あまりといえばあまりなスットンキョーさに、胸焼けしてしまう。読破するまでには、さあて、あと二、三年はかかるか。

●定期でお願いしている本が届いた。
『もしも誰かを殺すなら』 P・レイン 論創社
『アゼイ・メイヨと三つの事件』 P・A・テイラー 論創社