累風庵閑日録

本と日常の徒然

『バグダッドの秘密』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『バグダッドの秘密』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 主人公が行動を始める最初の動機に、どうも素直に共感できない。いくらなんでもそりゃあ……と思ってしまう。たとえば三十年ほど前、もう少し覇気がある頃にこの作品に出会えていたら、もしかしてこの奔放さにも共感できていたかもしれないけれど。いまや私はすっかり初老のおっさんになり果ててしまった。本には、読むのに最適なタイミングがあるのだ。

 その他にも読んでいて気持ちが冷静になるポイントがいくつかあるが、全体を見れば安心安定のクリスティー印冒険スパイ小説である。なんとも読みやすく、トーンが明るい。スピーディーな展開のためなら、偶然だってどんと来い。背景となる国際的陰謀が、少しくらい薄かったって安かったってご愛敬。そして信頼のブランド、クリスティーだから、当然意外性もきっちり仕込んである。残念ながら今回はやけに伏線があからさまで、割と早い段階でネタが見えてしまったけれども。偉そうなことを放言して大変恐縮ではあるが、結局読後感としては、可もなく不可もなしといったところ。