累風庵閑日録

本と日常の徒然

『クラヴァートンの謎』 J・ロード 論創社

●『クラヴァートンの謎』 J・ロード 論創社 読了。

 おっそろしく地味な作品である。前後の状況に不審な点はあるものの、厳密な検査をしても毒物が検出されない死体。つまり表面的には、この事例は自然な病死である。探偵が取り組むべき事件が、そもそも存在しないのだ。だがプリーストリー博士は、死んだのが旧友だったこともあって、理性と論理の人として普段なら排除すべき直観に従って事件に取り組む。これは殺人に違いない!

 公式には事件が起きていないのだから、警察に動いてもらうわけにはいかない。博士はある意味自分自身の事件として、迷い、悩み、戸惑いながら調査を進めてゆく。博士が頭の中で事件を様々に検討する様子が、探偵や捜査関係者が行うディスカッションの面白さに通じるものがあって、犯人捜しミステリを読む楽しさは十分に味わえる。

 他に、人物造形もちょいと読みどころ。この事件は、クラヴァートンがここで描かれたような人物だったからこそ起きたと言える。また、別のある人物の人生模様も記憶に残る。

 一点気になったこと。早い段階で提示される、かなりあからさまなエピソードがある。いかにも、真相のキモになりそうな。だが、このエピソードの扱いは不思議にも軽い。ミステリ好きな読者なら誰でもハハン、と感付きそうな内容なのに、ずっと放置されたままである。作者はどういうつもりでこのような書き方をしたのだろうか。もしかして、真相の枝葉ではあるが決して根幹ではないから、という軽さか。実際、結末で示されたネタにはちょっと感心した。

 以下、まったくの余談。資産家が死んで、場合分けを重ねる奇妙な遺言状があり、ある秘められた人間関係もある。となると、横溝正史犬神家の一族」を連想した。もちろん何の関係もないし、味わいも全く違うけれども。