累風庵閑日録

本と日常の徒然

『鉄仮面』 ボアゴベ 講談社文芸文庫

●『鉄仮面』 ボアゴベ 講談社文芸文庫 読了。

 面白い。面白いぞボアゴベ。すっかり見直してしてしまった。冗長で退屈だろうとの事前の予想を大きくはずれて、いやもう、面白いのなんの。ボアゴベをミステリ作家の枠で捉えるのは間違っているのかもしれない。『鉄仮面』ってば、波瀾万丈の歴史冒険小説なのであった。さすがに台詞回しやなんか大仰だけども。

 時は十八世紀所はフランス。国王ルイ十四世に対する謀反を企てる、青年貴族の物語である。と、思いきや、途中から全然変わってしまう。物語の大筋が見えてくるのが三百ページを過ぎてから。なんと、並の小説一冊分が序盤なのである。かといって、展開がのろくさいわけではない。その筆の運びは、悠々としてダイナミック。豪快にして緻密。

 何しろ長い作品だから、一本調子ではない。時にテーマと主人公とを変えながら、物語は一つの主軸に沿いつ離れつ、大きく動いてゆく。その主軸とは、仮面の男は誰か? という謎である。その謎の、付帯条件がよくできていると思う。フランス史の素養がない私のような人間は、歴史上の実在人物××が仮面の男だった! と名指しされてもピンとこない。ところがこの作品では、そんな人間でもちゃんと興味を持てるような謎に仕立ててあるのだ。

 男の正体如何によって大きく運命が変わる二人の人物を配してあるのも、上手いと思う。恋に復讐に、よく言えば信念に、悪く言えば妄執に取りつかれた、二人の女。互いに相反する立場にある彼女達の切実な想いが、男の正体への興味を一層かき立てる。

 彼女達をとりまく、敵と味方と。陰謀と裏切りと。嘘と真と。様々に交錯する人も、そんな人々の思惑も、絶対に知られてはならない秘密も、哀しい過去の記憶も、全ては決して止まることのない時代のうねりに押し流されてゆく。

●ボアゴベ『鉄仮面』を読み終えてから、旺文社文庫黒岩涙香『鉄仮面』を何気なく手に取って、くらくらした。ほとんど改行がなく、ページ一面が活字でびっしり埋まっているではないか。しかも、黒々としたページに書かれてあるのは明治時代の文章である。これは読むのがしんどそう。