累風庵閑日録

本と日常の徒然

『新吉捕物帳』 大倉燁子 捕物出版

●『新吉捕物帳』 大倉燁子 捕物出版 読了。

 全体に人情噺の色が強いのは、作者の資質や志向なのであろう。ミステリの趣向よりも、人の世の哀歓を描くことの方に重点が置かれているようだ。男女の愛憎だとか親子の情愛、あるいは貧困の哀しさ、うっかり欲に迷った心の弱さなどなど。そういうのはどうも、私の好みから外れている。

 コメントを付けたい作品は多くない。「彼岸花」は、犯行の手段がちょっと面白い。(伏字)なんて、いっそ現代ミステリのようだ。「藪の中の空屋敷」も別の方向の面白さがある。大家の主人が何人も、大金を持ったまま失踪する。新吉が田舎者の金持ちに扮して、怪しい人物の誘いにわざと乗って潜入捜査をする。事件の規模の大きさやサスペンス主体で物語が展開するところなぞ、まるで昔の捕物映画のようだ。

 巻末に付録のように二編だけ、大倉燁子が担当した伝七捕物帳が収録されている。結局、本書ではこの二編が最も面白かった。「身代わり供養」は、油断して読んでいたら思いがけない捻りにやられた。(伏字)ネタだったとは。「美女と耳」は、形だけでもいくつか伏線が仕込まれている点を買う。伝七の推理の根拠の半分くらいは、真相が明らかになった後で持ち出されるけれども。そこら辺は捕物帳にありがちなので、ツッコむのは野暮である。