累風庵閑日録

本と日常の徒然

『サンキュー、ミスター・モト』 J・P・マーカンド 論創社

●『サンキュー、ミスター・モト』 J・P・マーカンド 論創社 読了。

 舞台は第二次大戦直前の魔都北京。好奇心と不安感とを同時に掻き立てられるような、薄暗く底の知れない街の描写が面白い。中国人の、分かるような分からないような価値観や哲学を目にした西洋人の驚きと戸惑いとが伝わってくるのが面白い。だが、作者の実体験がそのままリアルに反映されているわけではないだろう。巻末解説によると、チャーリー・チャンシリーズの後継を目指したのが出発点だというから、あくまでも広範な読者に読まれることを想定した物語である。話を面白くするための作り事が混ざっていても不思議ではない。

 骨格は巻き込まれ型サスペンスだが、そこにスパイ小説や冒険小説の要素も感じられる。また、舞台が舞台なだけに、香港映画を観ているような気分にもなる。ただし語り手の主人公は、故国アメリカを捨てて半ば隠遁した無気力な青年である。敵を相手に戦う超人スパイや、己の誇りのために果敢に危難に立ち向かってゆく、冒険小説のヒーローとは無縁な造形になっている。そんな青年が、過酷な経験を経て否応なく変わってゆく様子もまた、面白い。