●『鉄槌/反逆者の門』 E・ウォーレス 平凡社 読了。
昭和五年に刊行された、世界探偵小説全集の第十三巻である。「鉄槌」とは、今までに何人も人を殺してきた凶悪な盗賊の仇名で。対するは警視庁(原文はスコットランド・ヤードか?)の敏腕警部アラン。この二人の闘争が描かれる。……と思ったら、全然違うストーリーでやんの。
実質的な主人公は、悪徳弁護士のモリスである。裏社会でこの男とつながりのあった「鉄槌」は、一時的な逃亡に際して妹のゲルダを託していった。ところが女癖の悪いモリスはゲルダを孕ませたあげく、自殺に追い込んでしまった。そのことでモリスは「鉄槌」に命を狙われている。
ヒロインの立ち位置にいるのが没落貴族のメーリイである。その兄ジョンはモリスにそそのかされ、貧窮のためもあって宝石の窃盗を重ねるようになる。モリスはその盗品を売りさばいて利鞘を得ていたのだ。兄妹の幼少の頃から二人を知っていたモリスだが、ある日成長したメーリーの美しさに気付いた。モリスは彼女に邪恋を抱き、邪魔な兄を除こうとして窃盗の件を警察に密告し、逮捕させた。
この、モリスの造形がなかなか秀逸で、とにかく憎たらしい。欲と保身のため、嘘に嘘を重ね、はったりをかまし謀略を仕掛け、形勢が悪くなると口先の言い逃れに終始する。気にくわない人物に関する告げ口陰口はお手の物。こうやって悪役がきちんと描かれた小説は、それだけである程度の面白さが保証される。
一方ジョンとメーリーの兄妹は世間知らずで愚かで軽率で、モリスに騙され踊らさられ、自業自得のようにして窮地に陥ってゆく。その様がじれったい。とにかく分かりやすくスピーディーな展開で、さしたる大事件も起きないのにさくさくとページが捗る。ウォーレスの描写に乗せられて、流されるように読んでゆくと、なんとも下世話な面白さがある。さてさて、メーリーの運命や如何に。
さらに途中から、姿を偽ってモリスに迫っている「鉄槌」は誰か? という興味も盛り込まれる。このネタの取り扱いが、さすがウォーレス、と思ってしまった。分かりやすいだけの作家ではないのだ。そしてこの劇的な幕切れ。いやもうこれほどまで、ただ面白さだけに徹して書かれると、感心する。
同時収録の「反逆者の門」は先日読んだので、ここではコメントなし。
●居間の網戸が破れているので、このまま夏になると蚊が入り放題である。冬の間から気になっていたのを、重い腰を上げてようやく張り替えた。初めてやる素人細工なので多少たわみが残ったが、虫を防ぐという実用性は満たすので、もうこれでいいことにする。疲れた。