累風庵閑日録

本と日常の徒然

『グラン・ギニョール』 J・D・カー 翔泳社

●『グラン・ギニョール』 J・D・カー 翔泳社 読了。

 中編の表題作以外に、小説三編と中編エッセイとが収録されている。小説は、大仰な怪奇小説「悪魔の銃」、ちょいと捻りのある歴史ロマン「薄闇の女神」、カーがプロ作家として発表した最も短い小説だという珍品「ハーレム・スカーレム」。カーを依怙贔屓をしていることも手伝って、どれを読んでも楽しい。

 表題作「グラン・ギニョール」は、百ページそこそこの分量に多くの伏線を散りばめ、事件、捜査、解決、意外な真相、という定石をきっちりなぞってみせる。ただし一から十まで型通りではなくて、解決シーンの破天荒さにはカーのあくの強さがよく表れていてよろしい(依怙贔屓)。もう一点気に入ったのは、いかにもカーらしいごく些細な手掛かりで。結末で説明はされるが、初見でその記述を読んで意味に気付くわけないだろ、と思う。事件の全体像は複雑だが、提示される密室の謎もそのネタも実にシンプル。(伏字)を書いていないのは、ずいぶん際どいと思うけれども。

 「夜歩く」は、三十年以上前に読んだ。上記の密室ネタ以外はほとんど覚えていない。いつか機会があれば再読したいが、まだカーには未読作品があるのだ。そっちを読むのが先である。

 百ページほどのエッセイ「地上最高のゲーム」は、序盤の導入部分の秀逸さよ。本格ミステリとハードボイルドと、それぞれありがちなプロットを例示しているのが、単独でも両者を比較してもじわじわと可笑しい。主人公の探偵の名前がレジナルド・デュ・キンクとチップ・ハードストンだってえのも、いかにもそれっぽくて笑ってしまう。全体を通して読むと、古典的な本格ミステリを読みたい気持ちがむくむくと湧いてくる。力強いエッセイである。