累風庵閑日録

本と日常の徒然

『赤沼三郎探偵小説選』 論創社

●『赤沼三郎探偵小説選』 論創社 読了。

 収録作中のベストは「地獄絵」で、主人公マイトの徳の造形が秀逸。不敵な物腰の、炭鉱夫の棟梁。荒っぽい鶴嘴稼業連中を統べるだけの、度胸と侠気とを備えている。物語開始時点では、ストライキを指揮して炭鉱の現場に籠城中。なんとこの人物が探偵役を務めるのである。

 対立している炭鉱主の、夫人が誘拐された事件を行き掛り上追及することになる。さらには追及の過程で発覚する(伏字)事件の犯人捜しにも取り組む。ただし展開はマイトの徳の傑物ぶりを描くことが主であって、事件の謎とその解明に対する興味は従だけれども。

「狐霊」は、北洋の蟹工船を舞台にしたハードな復讐譚。マイトの徳と方向性こそ違うが、船長の器の大きさが光る。「髑髏譜」と「寝台」とは、人の心の闇を描いて秀逸。特に前者は、見かけは怪物に見えない怪物がおぞましい。

 他に気に入った作品は、落語とマッドサイエンティストネタが融合したような「不死身」、題名が効いている「天網恢々」、コンパクトに上手くまとまっている怪奇小説「やどりかつら」、同じく上手くまとまっている「人面師梅朱芳」、湿っぽい人情咄かと思ったら意外にも……の「翡翠湖の悲劇」といったところ。