累風庵閑日録

本と日常の徒然

『悪魔の百唇譜』 横溝正史 角川文庫

●『悪魔の百唇譜』 横溝正史 角川文庫 読了。

 特に理由もなく、何度目かの再読。前回読んだのは七年前で、そのときは原形短編「百唇譜」との読み比べをやった。長編化に際して情報を膨らませ深化させる書きっぷりにちょいと感心したものだ。

 以下、当時のブログの記述を再掲しておく。

============
 原型版との比較がとにかく面白いのだ。あの箇所の描写がこう変わったのか、という興味で読める。原型版では説明不足どころかほぼ記述がなかった項目がたくさんあるが、本書では丁寧に描写が積み重ねられていて、情報量が大幅に増えている。読者が想像するしかなかった関係者の様々な行動が明らかになるのを読む快感がある。

 そしてただ明らかになるだけでなく、犯人を含む関係者の行動や心理が加筆されており、より自然で、より複雑になっている。つまり、情報の質が大幅に向上している。質量ともに進化した、上出来の改稿である。
============

 今となっては当然のように内容を忘れている。結末が駆け足だった記憶だけがぼんやりと残っており、今回も同じ感想を持った。上記のようにいい具合に長編にしてはいるものの、これでもまだページが足りないようだ。作品単独としては、あまり高い評価を差し上げることはできない。

 展開は警察の捜査が主体になっており、金田一耕助はアドバイザー格である。警部補や刑事がやたらに登場し、一般の事件関係者よりも多いんじゃないかと思うほど。金田一耕助は事件解決のために一定の役割を果たすが、名探偵として推理するというより、経験と人柄とがものをいうエピソードになっている。

 原形発表が昭和三十七年。長編化も同年である。四年前には松本清張「点と線」が刊行され、それ以降続々と作品が発表されている時期である。正史がどの程度、いわゆる社会派の作風を意識していたのか知らないが、多少なりとも取り入れようとしているのではないか。本書は、名探偵が快刀乱麻の名推理で事件を解決! といった作品ではなくなっている。