累風庵閑日録

本と日常の徒然

『猿の手』 W・W・ジェイコブス 綺想社

●『猿の手』 W・W・ジェイコブス 綺想社 読了。

 副題は「ジェイコブス怪奇幻想作品集」である。とはいうものの、超常現象とは無縁の犯罪小説や滑稽譚も含まれている。十九世紀末から二十世紀初頭にかけて書かれた作品なので、まだ娯楽小説のジャンルが未分化な状況だったのかもしれない。様々な日常ならざるものを描いたジェイコブスの作風がうかがえる。全体素朴な味わいである。

 作品の内容は、屋敷にとり憑いて生者に害をなす幽霊といった定番の怪談噺や、迷信深い船乗りが怪現象を経験するこれまた定番の海洋綺譚が多い。あるいは恐喝者を殺した殺人者の不安と恐怖とを描く犯罪サスペンスや、奇怪なオープニングから最終的には人間の善意に至る人情噺もあって、バラエティがあって飽きない。と、いいたいところだが、似たような設定の作品が続くと飽きてきた。実は先週から読み始めていったん中断したのであった。

 ところで怪奇小説の要諦は、読者の想像をいかに刺激するかにある。その点表題作の「猿の手」は、収録作のなかでもずば抜けた傑作、名作である。この作品については某氏が編纂する同人誌にちょいと書く予定なので、詳細はそちらに。他に表題作に匹敵する秀作は「井戸」であった。井戸に垂らしたロープが、読者の想像を刺激する小道具として秀逸である。

●書店に寄って本を買う。
『英国古典推理小説集』 佐々木徹編訳 岩波文庫
『妖説地獄谷 上』 高木彬光 春陽文庫
『妖説地獄谷 下』 高木彬光 春陽文庫