累風庵閑日録

本と日常の徒然

『夢の10セント銀貨』 J・フィニイ ハヤカワ文庫FT

●『夢の10セント銀貨』 J・フィニイ ハヤカワ文庫FT 読了。

 主人公はうらぶれてぱっとしない青年。代り映えのしない灰色の日常にほとほとうんざりしている。そんな彼が、偶然手に入れた奇妙な銀貨の呪力を受けて、ちょっとだけ違う並行世界に入り込んでしまった。その世界の彼は大企業のトップに収まり、美しい妻がいて、順風満帆である。これから薔薇色の新たな人生が始まるのだ。

 と思ったら、主人公のあまりの駄目人間ぶりに驚く。彼は足るを知らず、隣の芝生の青さばかりを追い求める。陰湿で、しつっこくて、利己的で、軽率。他人に嘘をつき、嫌がらせをやり、そればかりか次第にグロテスクな暴走を始める。

 後半の書き方を読むと、どうやらコメディとして書かれた作品らしい。主人公の異常な行動も、作者としては愉快な奇行のつもりなのか。主人公に感情移入できず、かなり早い段階で気持ちが醒めてしまった。ただ読んだだけである。

 ジャック・フィニイは好きな作家なので、この作品も気になっていた。読めてよかったとは思う。