累風庵閑日録

本と日常の徒然

『夜の皇帝/深夜の魔王』 高木彬光 神月堂

●『夜の皇帝/深夜の魔王』 高木彬光 神月堂 読了。

 ともかくも本の形で読めるということが素晴らしい。重要なポイントである。「はじめに」にある、読みたい読みたいと求めるだけではなくて自ら行動を起こすファンの姿は、胸を熱くさせるものがある。

「夜の皇帝」
 これはなかなか楽しい。由緒正しいジュブナイルミステリの王道、名探偵対悪の怪人の財宝争奪戦である。暗号があって、誘拐と脅迫と人質奪回作戦とがあって、ちっとも意外ではない「意外な犯人」があって、その型通りっぷりがお見事。型通りの作品には型通りなりの、安定した面白味がある。

 そして特筆すべきは、連載各回の末尾に設けられている推理クイズ。なんともベタな問題で、それでいてきちんとストーリーに絡んでおり、とって付けたようなぎこちなさがない。物語の流れが自然に問題に結び付くよう書くというのも、作者の手腕であろう。

「深夜の魔王」
 財宝争奪戦と暗号と誘拐と脅迫と……。似たような物語を立て続けに読むと、さすがに飽きてくる。わざと曖昧に書いておくけれど、ナイフのエピソードはあまりにも強引。高木先生ってば、まっとうな段取りを考える時間がなかったのだろうか。だが、その強引さが駄目だというわけではない。いかにもジュブナイルらしい味わいを醸し出していて、微笑ましくもある。

『「宝石」一九五〇 牟家殺人事件』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『「宝石」一九五〇 牟家殺人事件』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

 メインの長編、「牟家殺人事件」が面白い。二百ページ少々の決して長くない分量のなかで、牟家の人々がころころと殺されてゆく派手な作品である。個々の殺人についてじっくり語るページの余裕がないために、物語はまるでフルスピードで疾走するようだ。巻末解説によれば戦後ミステリの第一のピークだったというこの年の、斯界にみなぎっていたであろう勢いが感じられて微笑ましい。そして真相の、馬鹿馬鹿しくなる寸前の異様な意外さには笑ってしまった。

 他の収録作中のベストは岡沢孝雄「四桂」で、事件も題材も真相も探偵役がぐるぐる考える様子も、なかなかのもの。

ミス・シートンは事件を描く

●書店に寄って本を買う。
『ミス・シートンは事件を描く』 H・カーヴィック コージーブックス
 シリーズ第一巻『村で噂のミス・シートン』は、バークリー御推薦ということで買ってみた。で、シリーズものだからとりあえず続刊の本書も買ったのだが、正直なところコージーは私の趣味ではない。読んで楽しめるかどうか、まだ分からない。第三巻が翻訳されたときに手を出すかどうか判断するために、せめてシリーズ第一巻だけでも早いとこ読んでおきたいものである。

『楽園事件』 J・S・フレッチャー 論創社

●『楽園事件』 J・S・フレッチャー 論創社 読了。

「ダイヤモンド」
 ミステリを読んでいて、探偵が偶然重要な手掛かりや証人に出くわす展開が何度も繰り返されると、気持ちが醒めてくる。フレッチャーの作風は多分にその傾向があって、今まで読んだ数冊は正直なところあまり高く評価していない。

 ところがこの作品では、そういった作風が良い方向に働いているようだ。ダイヤモンドの首飾りが様々な人の手に渡ってゆく一部始終を描いて、展開の速さが凄まじい。偶然偶然また偶然。強引な展開とやみくもな疾走感とは、痛快なほどである。

「楽園事件」
 巻末の編者解題にあるように、「ライチェスタ事件」の訳題でも本になっている。二年前にそっちで読んだので、感想は当時の日記にリンクを張っておく。

 ところで他人様にはどうでもいいことだが、一冊の本を手に取ったら一応のルールとして、収録作は初読再読とを問わず全て読むことにしている。というわけでこの作品も再読した。そして再読してもやはり、ううむ、困った作品である。

『木々高太郎探偵小説選』 論創社

●『木々高太郎探偵小説選』 論創社 読了。

 作者のブンガク志向の故か、登場人物の心理的側面に主眼を置いた作品がちょいちょい見受けられる。その書き方にもよるのだろうが、どうも私の好みではなかった。探偵の推理ではなく作者の説明で真相が語られると、ふうんそうですか、と思うだけである。ただ、あまりに突き抜けた作品はその奇天烈さを楽しめた。たとえば「白痴美」のような。

 連作小説「風水渙」は別格。ミステリ的には、「(その五)祖母の珊瑚珠」の問題設定と真相とが魅力的。「(その六)霜を踏む」は、(伏字)という、まるでチェスタトンのような逆説が光る。連作全体ではストーリーの紆余曲折が、ただ読んで面白い、というやつだ。

 もう一編挙げるなら、「桜桃八号」である。松本清張かよくできたトラベルミステリか、という前半は面白かった。真相は、また人間心理を語るのかよ、と思ってしまったけれども。

有栖川有栖の密室大図鑑

●書店に出かけて本を買う。
有栖川有栖の密室大図鑑』 有栖川有栖 創元推理文庫
 元本を持っているから買わないつもりだったが、それは私の勘違いであった。念頭にあったのは『密室入門』で、これとは違う本なのである。

『ウースター家の掟』 P・G・ウッドハウス 国書刊行会

●『ウースター家の掟』 P・G・ウッドハウス 国書刊行会 読了。

 こいつは傑作。様々な登場人物達の、夢と希望と愛と欲とその他諸々とが複雑に絡まり合った混沌の渦の中に、首までどっぷり浸かってしまった主人公バーティ―。そんな彼があたふたおろおろしつつ事態収拾に駆けずり回る姿を、あははと笑いながら読む作品である。

 同時に、作者の構成力に感心する作品でもある。ちょいちょいくすぐりを入れながら、一難去らずにまた一難といった塩梅に、もつれた事態をまた別のもつれた事態へと巧みに転がしてゆく力量は、驚異的である。

●八月の人間ドックを予約した。気が早いようだが、鼻から挿す胃カメラはあっという間に予約で埋まってしまうので、のんびりしてはいられないのだ。

『謎のギャラリー -愛の部屋-』 北村薫編 新潮文庫

●『謎のギャラリー -愛の部屋-』 北村薫編 新潮文庫 読了。

 収録作はよほどの精選なのであろう。全体を通して面白く読んだ。それはいいのだが、ふだん読むのはいつもミステリばかりなので、こういうタイプの小説には馴染みがない。作品を語るための言葉を持っておらず、感想を書くのがなかなか難しい。

 一番読み応えがあったのは、福田善之の戯曲「真田風雲録」であった。歴史の大きなうねりに押し流されながら、生きて、死んでいった者達。ずんぱぱッ