累風庵閑日録

本と日常の徒然

寝ぼけ署長

●かつての飲み仲間が上京するというので、再会して昼酒をかます。繁華街を歩いて、あまりの混雑に人当たりして疲れてしまった。

●いい感じに酔って件のおっさんと別れ、帰宅途中に書店に寄って本を買う。
『寝ぼけ署長』 山本周五郎 新潮文庫
 以前から気になってはいたのだが、ついつい購入を先送りにしていた。今回新版が出たので、いい機会だと思って買うことにした。

●お願いしていた本が届いた。
『必須の疑念』 C・ウィルソン 論創社
『楽園事件』 J・S・フレッチャー 論創社

 今回から、出版社直販をお願いすることにした。

『クラヴァートンの謎』 J・ロード 論創社

●『クラヴァートンの謎』 J・ロード 論創社 読了。

 おっそろしく地味な作品である。前後の状況に不審な点はあるものの、厳密な検査をしても毒物が検出されない死体。つまり表面的には、この事例は自然な病死である。探偵が取り組むべき事件が、そもそも存在しないのだ。だがプリーストリー博士は、死んだのが旧友だったこともあって、理性と論理の人として普段なら排除すべき直観に従って事件に取り組む。これは殺人に違いない!

 公式には事件が起きていないのだから、警察に動いてもらうわけにはいかない。博士はある意味自分自身の事件として、迷い、悩み、戸惑いながら調査を進めてゆく。博士が頭の中で事件を様々に検討する様子が、探偵や捜査関係者が行うディスカッションの面白さに通じるものがあって、犯人捜しミステリを読む楽しさは十分に味わえる。

 他に、人物造形もちょいと読みどころ。この事件は、クラヴァートンがここで描かれたような人物だったからこそ起きたと言える。また、別のある人物の人生模様も記憶に残る。

 一点気になったこと。早い段階で提示される、かなりあからさまなエピソードがある。いかにも、真相のキモになりそうな。だが、このエピソードの扱いは不思議にも軽い。ミステリ好きな読者なら誰でもハハン、と感付きそうな内容なのに、ずっと放置されたままである。作者はどういうつもりでこのような書き方をしたのだろうか。もしかして、真相の枝葉ではあるが決して根幹ではないから、という軽さか。実際、結末で示されたネタにはちょっと感心した。

 以下、まったくの余談。資産家が死んで、場合分けを重ねる奇妙な遺言状があり、ある秘められた人間関係もある。となると、横溝正史犬神家の一族」を連想した。もちろん何の関係もないし、味わいも全く違うけれども。

「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」第十回

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第十回として、マッカレー『地下鉄サム』の続き。今日は六編読んだ。

「サムと悪童」
 弟子入り志願の子供が付きまとって離れない。サムはすっかり調子を狂わせてしまった。

「サムとペテン師」
 サムは掏り稼業に誇りを持っており、ペテン師のようなタイプの悪党は大嫌い。そんなペテン師から掏りのことを馬鹿にされ、サムは激怒した。

「サムの合資会社
 稼ぎ場の違う地下鉄サムと昇降機エルマー。景気不景気の波に備えるため、二人で助け合いの組合を結成した。後味の悪い話。

「サムと魔法財布」
 ある日サムが掏り取った奇妙な財布は、どうやっても開けることができない。ナイフで切り裂けば中身を取り出すのは簡単なのだが、サムのプライドがそれを許さない。

「サムの友情」
 クラドック探偵は、サムと名だたる悪党達とが何やら目論んでいる姿を目撃してしまう。すわ、大犯罪計画か。

「サムの自動車」
 半ば衝動的に自動車を買ったサム。ところが、彼が買ったその車はとんだポンコツだった。

 これでこの本の、地下鉄サムは読み終えた。一気読みすると飽きるだろうと思って、三か月もかけてゆるゆる読んできたのに、それでもだんだんと飽きてきた。結局、味わいが全部同じなのである。どうもこのシリーズは、さあ読むぞ! と思って手に取るものではないようだ。雑誌に一編だけ載っているのを、ふとした隙間時間になんとなく読んでみる、といった接し方が相応しいのかもしれない。

 ところでこの本には、ビーストンの三編が同時収録されている。そいつらは来月読む。

『悪魔黙示録 「新青年」一九三八』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『悪魔黙示録 「新青年」一九三八』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

 百五十ページあって本書のほぼ半分を占める、赤沼三郎「悪魔黙示録」がメインの作品である。立花家皆殺しを狙う謎の殺人鬼、ってな派手な展開は読み応えがある。長崎県雲仙地方を舞台にしたトラベルミステリの趣もある。探偵小説に対する作者の意気込みがみなぎっているような、なかなかの力作であった。真相は、犯人が(伏字)まるで素朴なものだけれども、戦前の作品に多くを求めてはいけない。

 そのほかの作品では、蘭郁二郎「蝶と処方箋」が気に入った。明るいトーンを買う。

マレーの虎

●午前中は野暮用。昼からジム……に行く予定だったが、サボってしまう。行く時間はあったけれど、行く気力が湧いてこなかった。

●いったん帰宅して昼寝してから、光文社文庫のミステリアンソロジーを読む。区切りのいいところで本を置き、また出かける。今晩は横溝ファンの飲み会があるのだ。

●飲み会から帰宅したら本が届いていた。
マレーの虎』 大阪圭吉 盛林堂ミステリアス文庫
 単行本未収録作品集の第二弾である。素晴らしい。

『新 顎十郎捕物帳2』 都筑道夫 講談社文庫

●『新 顎十郎捕物帳2』 都筑道夫 講談社文庫 読了。

 ちと癖のある文章が、なぜかこちとら性に合い、季節感あふれる情景の、描写がいちいち面白く、言ってはならぬ顎十郎、言ってしまえば際立つ剣技、出くわす事件のその肝は、奇怪不可解不可能興味、解決部分の作劇法は、相も変らぬ都筑調、読者が先に真相に、到達できるはずもなし、だからといって否定は野暮、そういうものだと受け入れればよろしい。

 気に入ったのは以下の作品。
「三味線堀」
 あけっぴろげの橋の上で、落雷に驚いてうずくまった男。他人が近づいた時にはすでに刺殺されていた。一番初めに駆け付けた人物がとっさに刺したのでないとすれば、はたして下手人は。

「貧乏神」
 他人が出入りできぬ座敷牢の奥で殺されていた男。そう落とすか、という結末も記憶に残る。
さみだれ坊主」
 路地に逃げ込んで失踪した盗賊。ほほう、と思える犯人設定も良い。
「閻魔堂橋」
 キーとなる言葉の解釈に、ちょっと感心した。

『狩久探偵小説選』 論創社

●『狩久探偵小説選』 論創社 読了。

 本書は、作者の作風のふたつの側面のうち、ロジック志向に焦点を当てて編まれたそうな。それは私の好みとも合って望ましいのだが、前半はどうも低調であった。あまりにもいろんなものをかっ飛ばしており、満足度が低い。具体的なことは、個別の作品の真相にかかわるのでここには書けないけれども。

 ありがたいことに、後半になるとだんだん面白くなってきた。船上ミステリ「佐渡冗話」が、収録作中のベスト。読んでいてちっとも気付かなかった伏線がお見事である。結末に至ってページを後戻りしてみれば、確かにはっきり書かれてあった。この作品一編だけで、この本一冊を読んでよかったと思える。

「氷山」はメインのネタはちょっとアレだけれども、構成の妙が気に入った。「すとりっぷと・まい・しん」は殺人手段の発想が面白いし、結末も気が利いている。その他気に入った作品を題名だけ挙げておくと、「恋囚」、「訣別」、「共犯者」といったあたり。

人買船

●お願いしていた本が届いた。
『人買船』 泉斜汀 東都我刊我書房
泉鏡花の弟の、探偵小説選だそうで。まったく、大変なものを出してくれる。価格も大変だけれども。

●税務署から、所得税の還付金が振り込まれた。六桁に達する結構な額だが、決して裕福になったわけではない。何度も書いているが、払い過ぎた税金が戻ってきたのだから、マイナスがゼロになっただけである。

「廃園の鬼」朗読会

●朗読会に行ってきた。「ミステリー専門劇団回路R」さんによる、横溝正史「廃園の鬼」の朗読である。当然のことだが、読むのと聴くのとでは全然違う。修練を積んだ者が出す声の、迫力がさすがである。

●帰宅途中に、書店に寄って本を買う。
『髑髏城』 J・D・カー 創元推理文庫
 新訳版である。旧訳は多少の省略があり、新訳こそが完訳だというので買ってみた。旧訳を読了済みだが、久しぶりに再読するのも悪くなかろう。この情報はツイッターで得た。こういう「発見」がある度に、ツイッターは重要な情報源であるとつくづく思う。

●注文していた本が届いた。
『謎解きのスケッチ』 D・ボワーズ 風詠社
 五年ほど前に、論創海外で『命取りの追伸』が出た作家である。ドロシー・セイヤーズの後継者と称賛されていたそうな。この本の刊行は、ツイッターのおかげで知った。こういう「発見」がある度に、ツイッターは重要な情報源であるとつくづく思う。

●ようやく、買い換えたパソコンのセットアップを終えた。やれやれ。この日記は新パソコンで書いている。残る作業は旧パソコンのデータ抹消と廃棄手続きである。万が一移行忘れがあるといけないので、データ抹消はしばらく経ってからにする。

『サウサンプトンの殺人』 F・W・クロフツ 創元推理文庫

●『サウサンプトンの殺人』 F・W・クロフツ 創元推理文庫 読了。

 味わいはいつものクロフツだが、今回は割と工学趣味、技術趣味が濃厚であった。簡単なものではあるが、数学の計算まで出てくる。そして内容はかなり上出来。正直なところ、発端の事件はちと魅力に乏しかった。だがその後の展開はクロフツにしては起伏が大きく、全体として十分に満足できた。倒叙ミステリとして始まり、意外な展開に移行し、意外な真相にたどり着く。その意外さの質もちょいと曲者で、(伏字)なのである。こういう仕掛けも高評価のポイント。

 第二部の冒頭では、主席警部に昇進したフレンチが、責任も仕事も増えてスコットランド・ヤードに縛り付けられている。そんなときサウサンプトンの警察から応援依頼が。久しぶりの地方出張に解放感を味わい、田舎の風景や海を見ることができると密かに喜ぶフレンチ。この辺りの人間臭さも、クロフツ作品の魅力である。

●午前中にクロフツを読み終えた。昼からジム。帰宅してから、横溝正史の短編「廃園の鬼」を読む。そのココロはこうだ。

 明日、都内某所で開催される朗読会を聴きに行く。その題材が「廃園の鬼」である。作品は何度か読んで、ぼんやりと覚えている。このままの状態で朗読会に臨むべきか。それとも予習として再読しておくか。

 事前情報によると、専用の脚本を用いず原作をそのまま読むという。映画や舞台のように独自の演出が施されているならば、内容そのものも味わいたいところだが、今回は違う。再読して内容も真相も記憶を新たにしておいた方が、語りの演技の鑑賞に専念できるだろう。と判断した。

●「廃園の鬼」の再読にはもうひとつ目的がある。聞くところによると、角川文庫版と初出版とでテキストがちょっと違うというのだ。その実態を、自分の目で確認してみたい。初出のコピーは入手済みである。

 結果として、中盤までは多少の語句の変更と、文庫の方に欠落が一か所あった。終盤になると、文庫の方で文章がかなり追加され、記述が細かくなっている。駆け足だった初出に対して以降の版でいろいろ追加するというのは、横溝作品としてはよくあることである。

●この日記をアップしてから、電車に乗って街に出る。関西方面からこちらにいらしている某氏をお出迎えして、小ぢんまりとしたお茶会をやるのだ。