累風庵閑日録

本と日常の徒然

瀧夜叉達磨

●「横溝正史の「不知火捕物双紙」をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第七話「瀧夜叉達磨」を読む。

 とある品評会に出席した、肩に人面瘡を持つ若衆と背中に瀧夜叉姫の彫物を背負った女。どういう因縁か、会の主催者山城屋宇兵衛が女に斬りかかろうとした途端、その場に倒れてしまった。どさくさに紛れてその場を逃げ出した女だが、途中で素性の分からない集団に連れ去られてしまう。会の来賓としてその場にいた不知火甚左、持ち前の好奇心が疼いてこっそり女の後をつけていて、図らずもこの誘拐事件を目撃してしまう。そして同時に、謎の人面瘡若衆もまた女の後をつけてきたことが判明する。

 ううむ……かなり力が抜けているようだ。捕物らしさはすっかりなくなり、これはもう伝奇小説の筆法である。甚左はただその場にいて事態を目撃するだけで、特に何もしない。なんなら甚佐がいなくたって物語が成立するであろう。真相はよくあるパターンだし、作中で扱われる秘密は現代もの長編の再利用だ。後日譚を「御府内太平記によると」としてあっさり処理しているのは、ページ数の都合か。

●続いて、改稿版人形佐七バージョン「人面瘡若衆」を読む。春陽文庫の『鼓狂言』に収録されている。

 物語の構成要素は甚左版とあまり変わらないが、それらの順番を入れ替え、登場人物の設定と作中で果たす役割とを多少変えている。そうすることで、伝奇小説だった甚左版が、事件を探索して解決する物語、すなわち捕物小説へと変化している。また甚左は単なる好奇心で事件に首を突っ込むが、佐七が事件に本格的に関わるきっかけは彫物女殺しである。これも捕物小説らしくなっている改変点。

 そこにお馴染み佐七一家のやりとりと、よくあるお色気要素とが追加されている。と言いたいところだが、この作品の追加分はお色気どころがえげつなさが甚だしく、正史のサービス精神が暴走した気味がある。

 佐七の後見人格である音羽の親分このしろ吉兵衛が登場するのが、興味深い点である。吉兵衛はかつて佐七の先代伝次と共同で捕物に取り組んだことがあり、それが今回の事件の背景になっているというのだ。主人公人形佐七の周辺を描いて、シリーズものとしての深みを増す加筆である。

●さらにお次は、佐七版のバリエーション確認である。昭和二十六年に同光社から出た『新編人形佐七捕物帖』に収録されているものを、ざっと流し読み。題名は「人面瘡綺譚」となっている。

 よくあることだが上記のどぎついエログロシーンは見当たらない。その辺りは、佐七版になってから後の改稿で加筆されたということである。また、ラストシーンでこのしろ吉兵衛が再登場するが、文庫版ではカットされている。

●さてこれで、「横溝正史の「不知火捕物双紙」をちゃんと読む」プロジェクトは未完のまま中断する。というのは、甚左シリーズ全八話の内、最終話「清姫の帯」のテキストを入手できていないのである。掲載誌の『講談雑誌』が、各地の公共図書館を探しても見当たらないのだ。いつかどこかの出版社から再刊されるか、自力で該当の雑誌を見つけるその日まで、読むのは先送りである。

無念……