累風庵閑日録

本と日常の徒然

『押川春浪集』 伊藤秀雄編 ちくま文庫

●『押川春浪集』 伊藤秀雄編 ちくま文庫 読了。

 明治探偵冒険小説集の第三巻である。なにしろ明治時代の文章なので、改行がほとんどなくページにみっしりと文字が詰まっている。だがその読み味は意外なほど軽快であった。往時の武侠冒険小説の味わいがどんなものか、その一端に接することができたのが、全体を通して本書の一番の収穫。

「銀山王」
 主人公は、社交界の華で富豪でもある浪島楓嬢。将来を誓い合った羽衣男爵を妖艶な緑姫に手練手管で奪われ、己の短慮から屋敷も全財産も失って、失意のどん底に落ちてしまう。様々な酷い目辛い目に遭ってついふらふらと死のうとしたところに、飛び出してきたのは奇人の離島隠者。

 おかげで楓嬢は気力を取り戻し、隠者と、彼の知人で不思議な魔術を使う妖人ベーヨ先生との援けをかりて、愛の復讐へと立ち上がる。こ の う ら み は ら さ で お く べ き か ……

 とにかくベーヨ先生の魔術が凄まじい。中盤以降の展開になるので詳しくは書けないが、この術のおかげで面倒くさい段取りは全部かっ飛ばされている。その他にもびっくりするほど荒っぽい展開がちょいちょい見受けられる。細けえことは気にせずに、ただただ勢いだけで突っ走る作品。

「世界武者修行」
 主人公団金東次は、世界の強豪を相手に武魂を練り勇胆を鍛えようと志し、現代の武者修行に出かける。旅の途中には、彼の豪傑ぶりを表す独立したエピソードがちょいちょい挿入される。それはそれで豪快な面白さはあるのだが、メインの物語がなかなか先に進まず、ちともどかしい。押川春浪の筆は、快男児のキャラクターと価値観、主義主張を描くことに重きを置いているようだ。たとえば夢枕獏がこの題材で書いたとすれば、面白さ無類の格闘小説になりそうなのだが。

「魔島の奇跡」
「船乗りシンドバードの冒険」の翻案だそうで。原点をちゃんと読んだことがないのだが、(伏字)だなんて、こんな凄まじい物語だったか。