累風庵閑日録

本と日常の徒然

第三回オンライン横溝読書会「三つ首塔」

●第三回オンライン横溝読書会を開催した。課題図書は「三つ首塔」。雑誌『小説倶楽部』に、昭和三十年に連載された作品である。参加者は私を含めて十名。

●会ではネタバレ全開だったのだが、このレポートでは当然その辺りは非公開である。また公開している文章でも、ネタバレを防ぐため意図的に事実と違う書き方をしている箇所がある。真相を御存じのお方はお気付きだろう。なお各項目末尾に数字が付されている場合、角川文庫『三つ首塔』旧版のページを示す。

◆いつもの通り、まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく。
「エロ!!! それに金田一さんがあまり出てこないのでさみしい」
「今風にいうならティーンズラブ。少女漫画的なものを感じた」
(この発言に参加者から拍手が)

「出だしがあまり好きじゃないけどなかなか複雑な作品だった」
「アクションありエロありスリルありの冒険作品」
「普段ロマンス小説をよく読むけど、この作品もロマンスだ!」
「ロマンの塊、エンターテイメントな物語」
「この時期に横溝がハマっていた人物像が見られる」
「若い頃の初読と違って、ある程度歳をとった今読むと主人公達がすごくラブラブで恥ずかしくなった」
「ミステリとして読んじゃだめで、ロマンスか冒険小説として読めば面白い」
「ミステリとして評価は低いが、ツッコミを楽しむアプローチをすれば面白く読める」

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◆続いて司会者からお題。
 この読書会に「三つ首塔」が嫌いな人は参加していないと思うが、人によって好きなのかあるいは特に好きでも嫌いでもないかに分かれると思う。私自身が特に好きでも嫌いでもないので、好き! というお方に魅力を語っていただきたい。この作品のどこに惹かれるのか。

 ここである参加者から別の参加者へリクエスト。先ほどの発言の、ティーンズラブだという点をもう少し掘り下げていただきたい。

 で、リクエストを受けたお方が語っていわく
「普通の女の子がどこかに連れて行かれる度に次々とハードな展開が襲い掛かる。並行して、あんな悪い男に惹かれてしまうアタシってアタシって、という葛藤。挙句の果てに、流れ流れてたそがれ峠(このネーミング!)。90年代に青春を送った人は分かるはず。」

 これで場がほぐれて皆さん勢いが付いて喋り始め、フリートークへとなだれ込んでいく。あまりに楽しそうに皆さん同時に喋っていただいているので、録音を聴き取れない箇所がちょいちょいあった。会話が活発でありがたいことである。

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◆内容について語りたい参加者が多く、冒頭の一言感想だけで済むわけがない。

 この作品はやけに女性人気が高いようだが、別の意見もある。ある女性は「エロいとばかりしか思えないので、好きだという女性や男性の感想も聴いてみたい」

「少女漫画めいた部分が受けてるのでは」
「『りぼん』には載せられないけど、これは少女漫画だね」
「良家のお嬢様の転落もの」
「それと同時に、箱入り娘が自らの人生をつかみ取る物語でもある」
「終盤の(ナイショ)のセリフがかっこいい!」

 そしてあるお方の語り。「ヒロイン目線で、あの人にどうしても惹かれちゃうけどあの人は私のこと愛してくれてるのかしら、という葛藤がメイン。あの人の想いこそが、語り手音禰の一番知りたい事で、犯人の正体は二の次。ロマンスとして読んでいたけど、作者がそのつもりで書いているかどうか途中では分からないのでどきどきした。」

 エロの側面に関して「作中で描かれているのはエログロと一括りにされるタイプのエロで、湿っぽい」との意見もあったが、断固として(笑)異論も。

「エロ担当は脇役の周辺登場人物だけで、主人公ペアは純愛だと思う」
「他のエロは今読むと大した描写じゃない。主人公達の純愛っぷりは今の年齢で読むと恥ずかしい」
「握飯をかみ砕いて口移しだなんて、そんな看病されたらもうね」
「性癖を出さないで(笑)」
「インコの餌付けだね」

「女性が思い描く理想のロマンスとはこうであろうと、正史が想像して書いた」
「女性目線の記述として美化されて綺麗になっている」
「そりゃあ涙だって吸い取られるわ」

「連載は『小説倶楽部』で、想定読者は男性だったろう」
「正史はロマンス小説を書くつもりはなかったと思うけど、男性向けの器に女性向けの要素を盛り込んだ」
「昭和オヤジ向けのエログロとハーレクインロマンスとのハイブリッド」

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◆高頭五郎の造形について

 やはりこの作品を語るなら、この人物についての言及は避けられない。
「昔はこの男が大嫌いだった。ハンサムな奴は何をやっても許される法則がある」
「でも音禰の方にもちゃんと受け入れ準備があった。ホテルの廊下ですれ違うシーンにその暗示がある」
「あれは形を変えた白馬の王子様だ」

「複数のアジトや部下を持ち、変装の名人で警察内部にスパイまでいる。この造形はルパン。不幸な女性を次々と助けるのは同時期に書かれた「迷路の花嫁」の主人公にもつながるし、近い時期に書かれた時代小説「不知火奉行」の別題は「江戸のルパン」だし。この時期に正史はルパン調のものを書きたかったのでは」

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◆宮本音禰の造形について

 忘れちゃいけない音禰の人物像

「島原明美を女プロ・レスラーになぞらえているけど、日本での女子プロレスは戦後に始まって、当初はお色気ショーの側面が強かった。箱入り娘の音禰ちゃんが、昭和三十年に女子プロレスの存在をを知っていたのか」
「知っていたとしても、少なくとも当時は良家の娘がやる職業ではなかった女子プロレスに相手を当てはめているのは、ある意味で差別的。この視点はお嬢様らしい」
「大学を卒業したら結婚が当たり前と思っていて、自分が働く気は全く無かったしね」
「黒川弁護士が上杉家を訪れたと聞いた時にも、とっさに縁談かと思っている」

「オリオン座と闇パーティーでの描写が物足りず、もっとやれ! と思った」
「あれは音禰のお嬢様ぶりを示すのでは。たかがあの程度でショックを受けるという」

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◆佐竹一族の属性について

「全般的にうっかりさんが多い」
「あの人はいろいろ物を落としすぎ」
「自分で建立した塔の場所を忘れるとは」
「でも酒場の外や闇パーティーの会場で音禰に気付いているから、案外注意深いところもある」

「佐竹一族はみんなおかしい」
(この発言からみなさん持論を次々と)
「若い時読んで、大人がはっちゃけている点が楽しかった」
「佐竹一族の造形は連載小説の面白さのために必要だったんでしょ」
「普通のOLじゃ話が盛り上がらないよ」
「見立て殺人のような派手さがない分、被害者像の派手さで読ませる」

「相続人が全て女性だってのはかなり狙った感じがする。それに群がる男達、という構図が書ける」

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◆三つ首塔チュー理論

 ある参加者から、実に興味深い考察を披露していただく。題して「三つ首塔チュー理論」。目の付け所が違う。作品におけるキスの位置付け、キスが象徴するものについて、多くの引用から結論を導いている。終盤における登場人物の立ち位置にも関係することなので、公開の場では詳しく書けないのが残念。

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◆使われている毒について

「操はある程度踊った後で死んでいるから、即効性の毒ではない」
「でも高頭俊作の指はチョコレートで汚れているから、口に入れてすぐ死んでるみたい」
「結局、毒は青酸加里だと明記されている(P176)」
よく分からない。

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◆例によって小ネタもいろいろ

「あのタイツは音禰の体形に合わせて作ったそうだけど、計ったのか」
「寝てる間に計ったんだよ、あいつはそういう男だ」

「アリバイ工作の観客総立ち現象は後付けでは不可能。ドラマでは窓口嬢の証言に変更されてて、この点はドラマの方が優れていると思う」

「驚きの表現として、音禰はよく錐や楔をもみこまれている(P110、P122、P149)」
「正史がよく使う、鉄串がぶちこまれた描写は少ない(P227)」

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◆ネタバレ非公開部分の、キーワードだけを並べておく。わざわざ街まで買いに行く、キャーと言ってしまった、志賀雷蔵が首尾よくできていれば、改稿前のラストシーン、最後においしいところをがっつり持って行く、怪人対怪人の対決、ってなところ。

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◆なんとなくのまとめ

 ミステリとしてはかなり心細いが、ロマンス小説、あるいは冒険小説として読めば面白い。男女間で受け止め方に差があるのが興味深い。参加者各位まだまだ語りたいことはありそうだったが、この辺りで時間切れ。