累風庵閑日録

本と日常の徒然

第八回オンライン横溝正史読書会『怪獣男爵』

●第八回オンライン横溝正史読書会を開催した。課題図書は『怪獣男爵』で、昭和二十三年に偕成社から書き下ろし刊行されたジュブナイルである。参加者は私を含めて九名。募集開始の告知からわずか数時間で枠が埋まるという、大変な盛況であった。

 今回はツールとしてSkypeを初めて使ってみた。新採用のツールなので設定が上手くいかなかったお方もおられたようで。残念ながらお一方はカメラとマイクの調子が悪く、話を聴くだけのオブザーバー参加であった。

 会ではネタバレ全開だったのだが、このレポートでは当然その辺りは非公開である。なお各項目末尾に数字が付されている場合、柏書房横溝正史少年小説コレクション1 怪獣男爵』のページを示す。

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◆まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく
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爵位を持っている人物が兄の家督を奪って子供をひどい目に遭わせるというのは、シェイクスピアの『リチャード三世』を思い出した」
「戦前色が強いので、もしかしたらこの作品は忘れられた戦前の連載だったんじゃないかという気もする」
「話としてはそんなに傑作とは思えないけど、なにしろ怪獣で男爵だから、私の心の中の小学生男子が激しく萌えている」

「怪獣男爵の誕生秘話が雰囲気たっぷりで、嫌な汗をかくような生々しさがある」
「最近観た映画と偶然設定が似ていて、この作品は現代にも通じると思った」
「最初に読んだときの記憶として、悪人チームがタイムボカンシリーズの憎めない悪役と同様のイメージで残っていた。今回あらためて読むと悪役にコメディ要素がなくて、なぜ自分の中でそんな記憶になったのか不思議」

「初読は小学生の頃で、読んだ瞬間にどきどきわくわくで震えた。再読の今は周りの人間関係なんかにも目を向けることができて、大人になってからの面白さがある」
「時代伝奇小説の書き方を流用している。その辺りは正史のお手の物」

「乱歩の二十面相だったら変装できるので、実は二十面相だったというひっくり返しが使える。でも怪獣男爵の場合は本人が出ていくしかないジレンマがある。回数を重ねるごとに書きづらくなるので、シリーズが三作で終わったのは仕方ないかなと思う」
「正史は自分で面白いと思ったことを全部乗せしている」

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◆司会者からのお題
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ジュブナイルによくあるように、この作品では複数のエピソードがつながっていく構成になっている。そのなかで、自分が好きなエピソードや名場面だと思う箇所を挙げていただきたい」

 というのは単なる呼び水で、皆さま積極的に発言していただいているうちに話は次第にツッコミが多くなってゆく。もちろん批判や否定ではなくて、愛のあるツッコミである。好きだからこそ、ってのが重要。

「冒頭の、三人が音丸に閉じ込められた向こうで吠え声や足音を聴かせるシーンが上手いと思う」
「初手から全部見せずに、まずは音で想像させるテクニック」
「章題の恐ろしき足跡というのも効いてる」

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◆怪獣男爵について
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 なんといっても本編の主役は、みんな大好き怪獣男爵である。

「天才科学者がゴリラに脳を移植するという設定にすごくときめいた。ゴリラっぽい登場人物って、普通はなんとなく頭がいまいちなイメージがあるけど、それが天才科学者って!」
「一番の助手に後事を託して自分は一度死ぬ展開にしびれるし、言われた通り手術しちゃう助手もいい」
「怪獣男爵って部下に恵まれている」
「忠実な部下がいて、人望がある」

「宝作翁の祝賀会での、男爵の暴れっぷりがいい」
「身が軽い」
「挿絵もいいね(P91)」
「本物のゴリラの挙動を予想できるはずがないのに、なぜか薬玉の中で待ってる男爵(P90)」

 挿絵を観ながらあれこれ語れるのが、柏書房版ならではの楽しさ。

「やってることはひどいのに、ファニー感がある」
「このページ(P153)の挿絵が可愛くて大好き」
「ひょいってされてる」
「脚の短さがたまらない」
「びっくりして振り返っている表情の人の好さ」
「凶暴とは程遠い」
「文脈を無視したら、とんがった頭巾をかぶったずんぐりむっくりの二人がわちゃわちゃしてる絵」
「いい挿絵」

 ここから脱線して、音丸の挿絵についても作品を飛び越えてひとしきり語られた。

「顔はおっさんくさいけどフォルムはかわいい(P35)」
「ちっちゃいジャイアンだ(P399)」

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◆怪獣男爵の科学力はアアア世界一イイイ
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「孤島で手術するのに、電機や設備も乏しかっただろうによくやった」
「男爵の死体をフレッシュに保ったまま、よく島まで運べたよね」
「死体を引き取るとき、あんな島に埋葬許可がおりたんだろうか」
「骨にして渡されてもしょうがないはずなのに」
「それだと話が冒頭で終わっちゃう」

「科学が言い訳のように使われてて、魔術や幻術と同じレベルの問答無用の切り札になっている」
「科学ネタは細かく掘っちゃダメで、ロマンで隠さないといけない」
フランケンシュタインからあまり変わっていない」

「それに対して小山田博士側の問答無用の切り札は、以前助けた人達。五十嵐宝作(P81)も今野銀一も丸井長造(P109)も、どんなことでも協力してくれる便利な存在」 
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◆仲良し三人組
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「三人並んでるこのスライド(P60)は誰が撮ったんだ?」
「ノリノリでいい写真を撮らせている」

「悪人チームが、大きいのと小さいのといるのがいい」
「デコボコ感が、いい一味っぽさを出している」
「一味が妙に仲良しで、なぜか男爵の写真を持ってる(P134)」
「しかも元の姿じゃなくてゴリラの方の写真」
「男爵自身あの外観を気に入ってるよね」
「なりたくてなったのかこの人」

音丸はヨットもモーターボートも操縦できるし、たぶん写真の現像もできる。こいつは結構いろんなことができるはず」
音丸の脳をしゅっとした体に移植したら目立たなくなるのに」
「でも異形であることに意義がある」
「妖怪人間が人間になったら物語が終わるみたいに」
「正史は身体的な特徴をキャラの味付けに使っている」

音丸を可愛がってくれたのは男爵だけだったのかもしれない」
「だから忠誠心が凄い」
音丸はあの体形をコンプレックスに感じてないんじゃないの。男爵だけを見て生きていくから自分のことはどうでもいい」
「男爵の命令に従うのがただ一つのよろこびだという忠実な犬(P148)」

「男爵に悪のカリスマを感じたやつらが吸い寄せられてきている」 

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◆小山田博士について
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「小山田博士は、夏休みが終わって息子一行が十日以上も音信不通なのに何も気にしていない(P40)のが異様」
「娘がさらわれた嘆きはすごく深い(P66)のに」
「この温度差よ」

「父親としての悲嘆から社会への責任に目覚めて対決を決意する展開(P67)がかっこいい」
「前のページの博士はよろめくように椅子に座って頭を抱えてたのに」
「花か嵐か、という戦前感のすごさ」
「角川文庫版は多くの語句が改変されていて全体的なテイストが戦後的になっているのに、ここだけは表記が残っていて戦前の空気」
「急に温度が上がって、読んでてびっくりした」

「敵側はキャラが立っているけど、主人公側が薄味」
「小山田博士なんて由利先生に負けないくらいスペックが高いのに、ヒーローぽくはない」
「キャラクターとしては男爵の一人勝ち」

「博士には子供が二人いてさらに二人ひきとるなんて、そうとう裕福」
「海外セレブみたいだ」
「玄関前に防犯装置を仕掛ける(P40)くらいの財力がある」
「変装して客を尾行すべしというボタンがある(P74)。どんだけ細かい設定のボタンがあるんだ」
「たぶん変装、尾行、といったいくつものボタンがあって、それを組み合わせで押してるんじゃないか」

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柏書房版と角川文庫版との差異について
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「角川文庫版(以降角川)は多くの語句を改変して作品のトーンを変えてしまってるけど、一方で間違いを正してもいる。たとえば東京市が東京都になったのは昭和十八年なので、作中で市中とか市民とか書く(P93)のは正しくない」
「この辺も戦前色」

「サーカスの力持ちのような大男(P32)が、角川では『力持ちのような大声』になっている。夜中に大声で『おっとしょうち』というのは違うだろ」
「太ア坊が眼をいからせた(P66)のが、角川では『肩をいからせた』になってる。勝手に変えちゃったのかも」
「ライオンが逃げ出した場面で『ライナン』という誤植(P87)。角川では正しくライオンになっている」
「隠れ家と協会との間の地下道(P126)が、角川では地下室になってて、どこにも行けないよ」

「改変に統一感がない。元の文がぶれてるんじゃなくて、改変後がぶれている。柏書房版の「~屋敷」が角川では「~家」になってるのに、同じく「~邸」は「~屋敷」になっている。屋敷という言葉を修正したいのか残したいのか。

柏書房版には大きなミステイクがあって、角川ではちゃんと修正されている。後半の展開に関わることなので、ここでは詳細を書かない。

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◆ネタバレ非公開部分のキーワードだけ並べておく
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闇のにおいがするメニュー、神通力を失う、設定が出てきたとたんすごいスピードで解決する、大事なことを全部喋る、あの伏線がここで効いてくる、体形を維持するハリウッドスターみたい

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◆その他小ネタいろいろ
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「銃かピストル(P30)ってのは、ライフルと短銃って解釈したんだけど」
「銃というのが猟銃の脱字だったりして」
「一般家庭にあって暴発するのが猟銃ならまだあり得るけど、短銃なら別の犯罪に逸れていきそう」

「黒川と白山(P44)だなんて、脇役のネーミングが適当」
「呼称のあいまいさもある。男爵が犬を引き裂いたのを目撃したのは山村さんで、屋敷に連れ込まれて服を仕立てた沢田は呼び捨て」
「史郎君も途中から呼び捨てにされている」
ジュブナイルにおけるキャラクターとの距離感がさぐりさぐり」

「この挿絵(P57)の二人って、北島博士ともう一人は誰?」
「人間だった頃の男爵じゃないかな。手術されているのが自動車の衝突で死んだ男(P54)」

「青沼春泥はいい名前」
「戦後に春泥って名前をつけないでしょう。やっぱり戦前くさい」
「青沼も春泥も、どちらもただでは済みそうにない名前」

「菊が祝いの花として使われている(P84)のが時代を感じさせる。今は菊というと葬式のイメージ」
「四、五十年前までは、菊はお祝い花だった。花の種類も今より少ないし」

「サーカスから逃げた動物のうちワニがお茶の水で、ニシキヘビは麹町で殺された(P94)。サーカスはどこでやってたのか」
「いろんな動物が四方八方に逃げるのは、絵的にはすごく華やか」
「捕獲しようともせずに問答無用で殺しちゃってかわいそう」

「龍彦の存在感がまったくない。せりふが一つもなくてずっとぼんやりしてる」
「美代子と龍彦とは捕まっていることが存在意義なので、キャラが立っていない方がいいし救出されたらそれでお役御免」
「救出後の親子の対面なんかも何もない」

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◆なんとなくのまとめ
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 ジュブナイルの展開にツッコンでもしょうがないけど、ツッコミを入れながら語り合うのはとても楽しい。