「ミステリーの愉しみ」の第五巻である。本書には好みから遠く隔たった作品がちょいちょい含まれていて、ページをめくる手が止まりがちであった。読了するのに予想以上に日数がかかってしまった。
個人的ベストは、法月綸太郎「重ねて二つ」であった。シンプルで魅力的な謎とシンプルで絵になる真相とが上出来である。次点は有栖川有栖「人喰いの滝」。犯行を終えた時の現場の情景が面白い。ワトソン役の有栖川が事件に関してぐるぐる考え、様々に検討を積み重ねるのが面白い。ダイイングメッセージと登場人物の名前との関係が作り物めいていて、いかにもミステリらしいのが好感が持てる。
次点をもう一作挙げるなら綾辻行人「どんどん橋、落ちた」で、さすがの貫禄。作品解説付きミステリとも言える内容は、細かな記述の意図が猿でも分かるように書かれてあって助かる。この作者が書いたからこそ、というくすぐりもちょいちょいある。
峯島悟「パンパから来た娘」は、ハードな背景とすっきりした真相とがこなれた文章でつづられていて、作品全体としては収録作中で最も読み応えがあった。
他にいくつか、ちょいと楽しめた作品のポイントだけを羅列しておく。歌野晶午「阿闍梨天空死譚」の、犯人がこういった殺人手段を選んだ理由。御坂真之「植林する者たち」の、犯人が現場をこのようにした理由。奥田哲也「亡者の谷」の、謎の設定。今邑彩「生ける屍の殺人」の、物語の着地点と切れ味。読み終えた結果、全体としてはどうもピンとこなかった作品も含まれているけれども、そこはあえて書かない。
●定期でお願いしている本が届いた。
『ヨーク公階段の謎』 H・ウェイド 論創社
『川野京輔探偵小説選III』 川野京輔 論創社
お久しぶりの論創ミステリ叢書である。
●今月の総括。
買った本:九冊
読んだ本:十一冊
最後のアンソロジーにこれほど時間がかからなければもう一冊読めたかもしれないのだが。