累風庵閑日録

本と日常の徒然

『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』 J・D・カー 国書刊行会

●『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』 J・D・カー 国書刊行会 読了。

 なんとも嫌らしい、胸の悪くなるような展開であった。客観的なデータと確固たるルールとに基づいて世界が動いていることが、私の愛好する本格ミステリの前提である。ところがここにあるのは嘘の証言と恣意的なルール運用とで、まるでお話にならない。手がかりから論理的に犯人を導くのではなく、告発する側に都合のいいでっちあげ証言のみを根拠に犯人を決めるだなんて、ミステリ小説になるはずがないではないか。そして今でも、現実世界はどちらかと言えばこちら側にあるのだろう。

 おぞましい茶番劇の顛末が散々語られたものの、結局誰がゴドフリー卿を殺したのか、歴史的事実としては謎のままである。最終章では、その謎に対してこれまで提唱された様々な仮説を検討して否定し、カー自身の結論を述べている。犯人は誰か? この導出でようやく、ミステリを読んだ気分になった。

 英国史に関しては全くの無知なので、カトリック陰謀事件そのものをこの本で知った。狂信と無知と恐れと、欲と野望と残忍さと、そういう人間臭い要素を集めて圧力鍋で煮込んだような事件であるな。(この部分はもう少し書いているのだが、ネガティブな内容なので非公開)

 もうひとつ。これで英国王政復古期の時代相といったものがぼんやり見えた気がする。同時代を舞台にした、こちらは完全なフィクション「ビロードの悪魔」を再読すれば以前とは違った面白さを味わえるかもしれない。