累風庵閑日録

本と日常の徒然

『目黒の狂女』 戸板康二 創元推理文庫

●『目黒の狂女』 戸板康二 創元推理文庫 読了。

 中村雅楽探偵全集の第三巻である。表題作「目黒の狂女」は冒頭の謎が強烈。「女形の災難」はいろいろ作り込まれた設定が上出来。「女形と香水」は、これも作り込まれていて秀逸な切れ味がちょっとした小咄のようである。「子役の病気」は幕切れがお見事。「梅の小枝」では、雅楽が唐突とも思えるほどズバリ核心を突く外連味がいい。

 特に気に入った甲乙つけがたい好編がいくつもあって、題名だけ挙げると「かんざしの紋」、「先代の鏡台」、「お初さんの逮夜」、「むかしの写真」といったところ。登場する人々がそれぞれ背負う物語を、短いページでこれほど奥行き深く描いているのがただ事ではない。殺人を扱わなくなってからのこのシリーズの滋味は大変なものである。六百五十ページのこの本に六日かけて、じっくりゆっくり読んでいった。