累風庵閑日録

本と日常の徒然

『月光殺人事件』 V・ウィリアムズ 論創社

●『月光殺人事件』 V・ウィリアムズ 論創社 読了。

 なんともオーソドックスな、外連味のない謎解きミステリである。本書に書かれてあるのは、たとえば天才型の探偵像や、関係者の行動を時刻毎に事細かに追及する捜査である。物語の進展に伴って次々と新事実が浮かび上がり、嫌疑を受ける対象が次々と入れ替わってゆく展開はいかにもありがち。他にも、よくある展開がちらほらと見受けられる。いやはや、まっこと型通りで。こういうのは、典型好きとしては嬉しい。

 犯人の偽装手段は、実に自然で上手い。作者が仕掛けたミスディレクションは、巻末解説で言われてみればなるほど巧みである。同じく巻末で指摘されているように、解決部分の心細さがちと残念だけれども、結論としては全く満足。この人の作品はもっと読みたい。

 ところで、同じ作者のスパイスリラー「蟹足男」が気になり始めた。戦前に、長編が一作だけ訳されているという。確認すると、以前湘南探偵倶楽部さんから購入した『緑の自動車』に、翻訳が収録されているではないか。機会があれば読む。

ルクンドオ

●書店に寄って本を買う。
『ルクンドオ』 E・L・ホワイト アトリエサード

●ついでに久しぶりにブックオフを覗き、ここでも本を買う。
『七人のおば』 P・マガー 創元推理文庫
パット・マガーはその昔、「探偵を探せ」を読んでどうもピンとこずに、以来手を出していない。ところが来月論創海外で新刊が出ると聞いて、ちょっと気になり始めた。「探偵を探せ」も、再読したら楽しめるかもしれない。

『別冊・幻影城 NO.16 小酒井不木』 幻影城

●『別冊・幻影城 NO.16 小酒井不木』 幻影城 読了。

 去年河出文庫で『疑問の黒枠』が出た。いいきっかけなので読もうと思っていたのだが、実際に手に取るのが延び延びになってしまった。本書には長編「疑問の黒枠」と、他に十二編の短編が収録されている。

◆「疑問の黒枠」

 ミステリならではの、様々な種類の面白さが味わえる。事件について関係者がぐるぐると考えを巡らし、あるいは互いにディスカッションする面白さ。捜査すべきポイントをひとつひとつ地道に押さえてゆく、いわゆる「足の探偵」の面白さ。物語は意外なほど起伏が激しく、派手な殺人場面、関係者の失踪、死体紛失、といった展開にはスリラーの面白さがある。

 では肝心の、真相の面白さは如何に。そして真相解明に至る流れの面白さは。 ……ううむ、全てを満たす作品なんて、そうそうありはしないのだ。

 結末部分を読むと、作者が意図的にこのような解決にしたとも読み取れる。その試みは、かなり先進的なものかもしれない。感想を書きながらぼやぼやと考えていると、もしかして面白いかも、とだんだん思えるようになってきた。

◆短編
本書収録の短編は、精選されている故か秀作が多い。何度か読んだ作品も含まれているが、再読は再読でまた楽しい。

「呪われの家」は堅実な犯罪捜査の模様を描くのかと思っていたら、ふいに土俗的な闇が現れる。扱われているネタもちょっと面白い。「直接証拠」も、扱われているネタが興味深い作品。

 他に面白かったのは、落語とブラックジョークとの融合のような「稀有の犯罪」、マッド・サイエンティストものの秀作「人工心臓」と「恋愛曲線」、どんなテーマかをここに書いちゃいけない(伏字)テーマの「闘争」、理詰めに真相に迫ってゆく好みのタイプの「愚人の毒」といった辺り。

 収録の短編で一番気に入ったのは「新案探偵法」で、不木がこんなとぼけた味わいの作品を書いているとは知らなかった。

黒いアリバイ

●書店に寄って本を買う。
『歴史としての戦後史学』 網野善彦 角川文庫
『黒いアリバイ』 W・アイリッシュ 創元推理文庫

アイリッシュはほとんど読んでいない。創元の復刊フェアがいい機会だから、手を出してみようと思う。

「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」第四回

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第四回をやる。

◆「一月二百磅」 ビーストン(大正十四年『新青年』)

 エトリッジの屋敷に侵入した泥棒が捕らえられた。そころがその男は、エトリッジをペテン師のアルギーとして知っており、以前獄中で見かけたと暴き立てた。その暴露を受けて、エトリッジは奇妙な告白を始めた。

 彼の主張によれば、確かに投獄されていたことはあったが、それは冤罪である。刑期を終えて出獄した彼のもとに、不思議なことに何者かから毎月二百ポンドが送られてくるようになった。もしかして、彼を無実の罪に陥れた者が送金しているのではないか。その金が、現在の豪勢な生活の原資となっているという。

 ビーストンらしい、全く伏線がないどんでん返しのある作品。そのオチってえのが、しょうも(伏字)。

◆「夏の一夜」 アムブローズ・ビヤース(大正十五年『新青年』)

 早過ぎた埋葬によって、生きながら墓の中に横たわっているヘンリー。二人の医学生が彼の「死体」を盗もうと、墓を暴き始めた。二ページしかないグロテスクなショート・ショート。これは面白かった。

◆「卵と結婚」 フランス漫畫[※著者表記無し](大正十五年『探偵趣味』)

 買ってきた卵を茹でてみると、殻に花婿募集の文字が浮かび上がった。独身生活に飽き飽きしている主人公君、早速結婚を申し込んだが。

 漫畫とあるが実際は文字だけである。ちょっとしたオチのあるユーモア譚。返事を待ちながら、主人公があれこれと想像をたくましくする様が可笑しい。これから嫁を迎える長屋の住人、とイメージするとまるで上方落語の「不動坊」である。

『江戸川乱歩の推理試験』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『江戸川乱歩の推理試験』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

 掌編なのに手掛かりと推理とをきっちり描いている秀作が多く含まれていて、なかなかの好アンソロジーであった。以下、いくつかの作品にコメントを付けて挙げておく。

・型通りの密室ミステリが嬉しい渡辺剣次「とどめを刺す」
・後知恵ではあからさまに見える秀逸な手掛かりの土屋隆夫「九十九点の犯罪」
・これも指摘されて分かるあからさまな手がかりの千代有三「殺人混成曲」
・解決編で推理をきちんと積み重ねてみせる大河内常平「競馬場の殺人」
・よくあるネタをちょっと捻った多岐川恭「干潟の小屋」
・偶然か翻案かクイーン作品と同じネタの鮎川哲也「魚眠荘殺人事件」

 気に入った作品はこれだけではないが、長くなるので省略。さてこれで、乱歩ネタの六冊を読み終えたけれども、このシリーズはまだまだ積ん読が多い。新刊に追いつくのは当分先のことである。

●この日記をアップしてから、頃合いを見て電車に乗って東京に出る。今晩はオフ会があるのだ。

『山下利三郎探偵小説選I』 論創社

●『山下利三郎探偵小説選I』 論創社 読了。

 今日はどうもがっくりして気力がないので、簡潔に済ませる。

 全体として明るいトーンの作品が多く、さくさく読めた。そこかしこに漂うとぼけた味わいと、軽いものではあるがロジック志向とが好ましい。前者の要素の例としては吉塚亮吉シリーズと、「小野さん」、「正体」、「虎狼の街」を挙げておく。後者の例としては私立探偵春日シリーズを面白く読んだ。

『ポケットにライ麦を』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『ポケットにライ麦を』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 被害者のポケットに入っていたライ麦や、ある場面に登場する洗濯バサミといった小道具の意味が、マープルの指摘によって突然判明する。(伏字)がモチーフだってことは読む前から知っていたから意外性はないけれども、この場面の盛り上がりにはわくわくする。ミステリによくある、今まで見えていた世界ががらりと様子を変える瞬間の醍醐味、というやつだ。本編読了までは読まないことにしている裏表紙の粗筋には、その辺りのことがはっきり書いてあった。

 真犯人にはあまり感銘を受けなかったし、犯行手段も好みから外れる部分があるけれども、根幹となる趣向はなるほど、と思う。結末もいい具合にキマッテいる。ちと出来すぎという気がしないでもないが。

 それよりも気に入ったのが、犯人を読者の目から逸らすクリスティーのテクニックで。ある人物を配してある行動をさせ、関連して別のある人物にはある重要な指摘をさせている。……これだけでは何が何だか。

人車鉄道

宮城県大崎市の御本丸公園で、コスモス祭りというのをやっている。期間中、かつて当地で実際に旅客営業をしていた人車鉄道の、復元運行があるというので乗りに行ってきた。

●仙台駅で荷物をロッカーに預け、身軽になって在来線で松山町駅へ移動。そこから御本丸公園まで、三十分ほど歩く。しんどい行程だが、これも有酸素運動になると思えばいい。それに、中学生の頃は学校まで毎日片道四十分歩いていた。それよりも近いのである。

●人車鉄道はなんとも素朴で簡素。乗り心地はとうてい良いとは言い難い。スピードが遅いから揺れは少ないが、ゴリゴリとした振動が座席の下から伝わってくる。公園内のU字型コースを、三人の曳き手によってゆっくりと運ばれて、数分間の乗車を終えればもう目的を達した。駅に戻って、寄り道せずに真っ直ぐ帰宅。

 

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