累風庵閑日録

本と日常の徒然

『菊池幽芳探偵小説選』 論創社

●『菊池幽芳探偵小説選』 論創社 読了。

 メインの長編「宝庫探検 秘中の秘」が面白い。宝探しと、宝を横取りしようとする敵を相手にした闘争の物語である。中盤までは、今読むとありきたりの展開と言っていい。そして、ありきたりだからこそ実に分かりやすく、何も引っかかることなくストーリーが頭に入ってくる。明治の文章がしんどくて最初はてこずったけれども、そのうち慣れてしまって快調に読み進められるようになった。

 ありきたりだと思っていた展開は中盤以降、自由奔放縦横無尽に動き始める。次々に加わる味方、予想外の新たな敵。様々な登場人物と様々な要素とが入り乱れ、物語の舞台は倫敦に地方にと行ったり来たりで、ダイナミックである。

 『Re-ClaM Vol.2』に掲載された藤元直樹「明治の翻案探偵小説・知られざる原作の謎」によれば、原作者はル・キューだそうで。なるほど、そんな流行作家の手になるのなら、そつのない書きっぷりも頷ける。

 ある重大な手がかりが、なんと夢のお告げによって発見されるのにはずっこけたけれども。巻末解説にあるように、やはり近代的謎解きミステリ以前の作品なのであろう。そのつもりで臨まなければ、楽しめるものも楽しめないと思う。

 同時収録の「探偵叢話」は、長くても十ページほどの掌編が八編集められている。これがなかなか楽しい。扱われているネタがどれもこれもなんとも素朴で、しかもバラエティに富んでいる。少年誌の探偵小噺でも読むような思いがする。

左門捕物帳 鷺十郎捕物帳

●午前中は野暮用。

●用事を終えて帰宅途中、書店に寄って本を買う。
『短編ミステリの二百年1』 小森収編 創元推理文庫

●お願いしていた本が届いた。
『左門捕物帳 鷺十郎捕物帳』 横溝正史 捕物出版
『Re-ClaM eX vol.1』

 とうとう、とうとう出たのだ左門が。鷺十郎が。まさかのシリーズ全作単行本化である。こんな時が来るとは、なんと素晴らしい。

「赤屋敷殺人事件」

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第十六回として、昭和七年に雑誌『探偵小説』に掲載された、A・A・ミルン「赤屋敷殺人事件」を読む。作品自体を読むのはこれで三度目。過去の二回はあかね書房ジュブナイルと、創元推理文庫である。もちろん内容は綺麗さっぱり忘れている。創元版が約三百五十ページあるのに対し、こちらは二段組みとはいえ百ページほどしかない。かなりな抄訳ということである。

 で、読んでみるとこれがなかなか楽しい。抄訳のおかげか、展開がスピーディーで楽しい。探偵役のギリンガムもワトスン役のビルも明朗快活で、ふたりの掛け合いが楽しい。ギリンガムが一人で考えたりビルと話し合ったりで、事件についてあれこれ検討する様子も楽しい。

 ミステリならではの視点がいくつも出てきて楽しい。たとえば、遠回りして駆け足で急ぐ、幽霊の出る場所、扉の影の記憶、道路から遠い農園、一度探した場所は二度探さない、など。途中で気付いてしまったので意外さは感じなかったけれども、それでもきちんと用意された「意外な」真相を読むのは楽しい。

 さてお次は創元推理文庫をきちんと再読して、横溝正史が訳出においてどこをどう省いたのか、検証するのが望ましいアプローチであろう。だがさすがに、そこまでやる時間も気力もない。いつか気力が充実しているときの宿題としておく。

『サーカス・クイーンの死』 A・アボット 論創社

●『サーカス・クイーンの死』 A・アボット 論創社 読了。

 まず、主人公サッチャー・コルトの造形がしんどい。警察本部長の立場で部下や協力者を夜中にたたき起こし、あれこれ命令し、怒鳴りつける。容疑者、関係者に対しては尊大で強引。自らの知見や仮説を披露せず、同僚である地区検事長が間違った方向に進もうとしても放置する。何か手がかりをつかんでも、それに基づくディスカッションなど行わず、一人合点で捜査を進める。

 情報を共有せず、部下や協力者を振り回す社会的強者。組織の上長として、これはかなり困った人物像である。サラリーマン社会の面倒くささを追体験したくてミステリを読んでいるのではないのだよ。

 主人公が大きな警察組織を指揮する立場におり、なおかつ天才型名探偵であるというタイプのミステリが他にあるだろうか。たくさんありそうな気もするが、すぐには思い浮かばない。ロジャー・スカーレットなんかはどうだったか。本書は、そういうタイプのミステリの悪いところが出ているように思えてしまう。

 肝心の、ミステリとしての出来栄えはどうか。犯人の属性が伏線として実にさりげなく書いてある点にはちょっと感心した。メインの謎が、墜落の原因探しから始まってだんだんと焦点が変わってゆき、読んでいて飽きない。終盤、地下室のシーンの盛り上がりはなかなかの異様さ。

 だが、全体の読後感としてはどうも、もやもやする。解決部分に不満がある。(伏字)なんてのが飛び出してくるのを読むと、手がかりとロジックによる解決は作者の手に負えなかったようにも思える。以下、それ以外にもいろいろある具体的な不満を書いておくが、もちろん全て非公開。

 不満点のいくつかは私の読み落としかもしれないので、読み終えた方がおられたら解決部分に関して質問したいところである。

『蘭郁二郎探偵小説選II』 論創社

●『蘭郁二郎探偵小説選II』 論創社 読了。

 まず、全体的にトーンが明るく、ときにとぼけた可笑しさが漂う作風が好ましい。密室殺人をはじめとする不可能犯罪が頻出するのが楽しいし、その真相が他愛ない……と言っちゃあいけない、牧歌的なのも微笑ましい。個人短編集には珍しく、飽きずに通読できた。

 一番気に入ったのが「黒い東京地図」で、上記のような美点の他、軽快でテンポのいいストーリも評価したい。真相に至る筋道のズッコケ具合もある種読み所で、捕物帳かよ、と思う。

●注文していた本が届いた。
『消えた黄金カップ』 B・シヴァース あかね書房
 犬のシャーロック・ハウンドの第三作である。このシリーズは伏線もロジックもジュブナイルにしては割とちゃんとしていて、よくできている。これでようやく全三巻揃った。

『白昼艶夢』 朝山蜻一 出版芸術社

●『白昼艶夢』 朝山蜻一 出版芸術社 読了。

 個人短編集の中には、内容が濃過ぎたり好みに合わなかったりで通読に骨の折れるものがある。本書がまさしくそのタイプで、いやどうも、疲れた。

 とはいっても気に入った作品はある。「不思議な世界の死」、「変面術師」、「矮人博士の犯罪」の三作は、ミステリとSFと怪奇小説とが未分化で同じ「探偵小説」の枠に入っていた頃の、なんでもありなごた混ぜ感を思い起こさせる。「死霊」と「人形はなぜつくられる」とは、人間の執着心が凄まじい。

 収録作中のベストは「虫のように殺す」であった。こいつは凄い。G(婉曲表現)を素手で潰すことに熱中する男の物語である。それだけでも異常な状況設定なのに、そこからさらに異様な展開に転がってゆく。

出版芸術社の黒い本、ふしぎ文学館とミステリ名作館のうち、読みたいと思って買っておいた本をこれで全て読み終えた。だからどうということはないが、ひとつの区切りではある。

●お願いしていた本が届いた。
延原謙探偵小説選II』 論創社

『十二の奇妙な物語』 サッパー 論創社

●『十二の奇妙な物語』 サッパー 論創社 読了。

 全体として、なんと素朴な作品集であることか。扱われているテーマは、愛するが故の嘘、義務と愛との相克、自己犠牲、裏切りと復讐、等々。外連味もなく、全体をひっくり返すような捻りもなく、それらのテーマが直球で迫ってくる。実に分かりやすい。

 分かりやすいというのは、言っちゃあ悪いが薄味で物足りないということでもある。申し訳ないが、途中で退屈してしまった。そんななかで、相対的にミステリ味の濃い作品はまあ面白く読めた。気に入った作品を挙げておくと、観察と推理と機知の物語「作家の話 アップルドアの花園」、ストレートな殺人ミステリ「ウイスキーのグラス」、アフリカ西部の僻地を舞台にしたハードボイルドか冒険小説かという「酔えない男」といったところである。

「殺人者はまだ来ない」

●某図書館から、お願いしていたコピーが届いた。予想よりも早い対応で、ありがたいことである。ブツは雑誌『EQ』に連載された、イザベル・マイヤーズの「殺人者はまだ来ない」全三回である。

 去年論創社から出た『疑惑の銃声』は、ミステリとは次元の違う部分で強烈な作品であった。それもあって、昔光文社文庫で出た「~まだ来ない」に興味を持ったのだ。以前は古本屋でちょいちょい見かけた同書だが、なんとなく手を出さずにおいた。それが今になって欲しくなっても、ちょいとブックオフを覗いたくらいでは見つからない。いい加減探すのにしびれを切らして、訳載誌から直接コピーを取ってしまうことにしたのである。

 こうやってテキストを入手したので、気持ちの上でひと区切りついた。実際いつ読むかはまだ分からない。

『天狗岬殺人事件』 山田風太郎 出版芸術社

●『天狗岬殺人事件』 山田風太郎 出版芸術社 読了。

山田風太郎コレクション」の第一巻である。以下、気に入った作品にちょっとだけコメントを付ける。

 ガス栓に(伏字)というネタが嬉しい「この罠に罪ありや」。全体的にナンセンスながらミステリの結構を備えている「パンチュウ党事件」。いかにも風太郎流の歴史秘話「江戸にいる私」。

 トリッキーな「女探偵捕物帳」の五編はどれも面白い。破天荒なネタが突き抜けていていっそ可笑しい「白い夜」。といったところ。

『グリーン・マン』 K・エイミス 早川書房

●『グリーン・マン』 K・エイミス 早川書房 読了。

 長編怪奇小説である。一応は。M・R・ジェイムズが扱いそうな題材に現代的な味付けを施して長編に仕立てたような作品。現代イギリスの酒場兼宿屋「グリーン・マン」に、十七世紀に死んだはずの学者の幽霊が現れる。

 作者の癖なのか、一つの文が読点をいくつも連ねて異様に長く、理解するのに骨が折れる。同じ個所を何度も読み直さなければならず、エンターテイメント小説としては少々まどろっこしい。一人称の語り手の思考が整理されないままだらだらと続く場面なんざ、目が文字の上を滑っていくだけであった。さらに、まるで理解できない会話もちょいちょいあって、そんな箇所に出くわす度に気持ちが醒める。ところで巻末の訳者あとがきは、読点をいくつも連ねた異様に長い文で書かれている。こういうのを読むと、本文の長ったらしい書き方は訳者の癖ではないかという気がしてきた。

 終盤のとある展開はなんじゃこりゃ? という奇天烈なもので、それまでの型通りの怪奇小説がどこかに行ってしまった感がある。これもあとがきを読んで考えるに、作者はそもそもオーソドックスな怪奇小説を書くつもりはなかったのかもしれない。私が読みたいのはオーソドックスな怪奇小説なので、ミスマッチだったのなら残念なことである。