累風庵閑日録

本と日常の徒然

『怪力男デクノボーの秘密』 F・グルーバー 論創社

●『怪力男デクノボーの秘密』 F・グルーバー 論創社 読了。

 このシリーズもすっかりお馴染みだから、読むときの呼吸のようなものも分かっている。ジョニーとサムとが巻き込まれるゴタゴタを、気楽に楽しめばいいのだ。スピーディーな展開こそが身上である。緻密なロジックだの奇天烈なトリックだの、そんなものを期待してはいけない。

 ミステリとしての処理は、言っちゃあ悪いが雑で荒っぽい。悪く想像すれば、作者は事件の真相解明シーンなんかに興味が無かったんじゃなかろうか。物語を終わらせるのに必要というだけの理由で、ついでのように決着を付け足したとしても不思議ではない。

 ただ、ミステリとしての妙味が何も無いわけではない。犯人の動機を形作る根っこの部分にはなるほどと思ったし、直接の動機には何やら身につまされるものがある。

 最後まで読んでも分からなかった疑問点がふたつある。真相に関わる事柄なので、詳しくは書けないけれども。誰か読了した人がいたらその辺り質問してみたい。あるいはネット上のネタバレ感想に期待したい。

●お願いしていた冊子が届いた。
『大学生の失踪』 H・ウエイド 湘南探偵倶楽部
『決闘』 H・ウエイド 湘南探偵倶楽部
『湖怪』 O・A・クライン 湘南探偵倶楽部
『その夜』 C・ドイル 湘南探偵倶楽部

『リュパン対ホームズ』 M・ルブラン 創元推理文庫

●『リュパン対ホームズ』 M・ルブラン 創元推理文庫 読了。

 怪盗対名探偵という基本設定に沿って、いかにもそれらしい展開が繰り広げられる。ルブラン初めての長編だそうで、内容は複数の中編をつなぎ合わせたようなぎこちなさがあるけれども。その辺りのユルさも含めて、読み味は軽くてスピーディー。典型好きの私としては、なかなか楽しい作品であった。しっかりしたミステリやしんどい作品が続いた後の、箸休め的な読書として好適である。

 出口を見張られている家屋からの人物消失という不可能興味もあるが、真相はなんとも他愛ない。そんな他愛なさも、陽性の通俗スリラーという器に盛られると素直に受け止めることができる。

 リュパンに相対するイギリスの探偵は、緒戦から中盤まではリュパンにいいようにあしらわれている。けれどもちゃんと見せ場も用意されてあって、話が盛り上がるようにできている。ルブランの、娯楽小説書きとしての力量が発揮されているようだ。

 上の段落であえてイギリスの探偵と書いたのは、マニアさんはとっくにご存じの通り、原書ではホームズではないからで。ここに描かれている人物は、どうにもホームズらしくない。助手のウィルソンも、ちっともワトソンらしくない。読みながら頭の中で、ホームズの名称をショルメスに変換する作業をずっとやっていた。

『五匹の子豚』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『五匹の子豚』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 早い段階で、事件の枠組みが提示される。五人の中に犯人がいる。さてそこで期待するのは、クリスティーがどのような意外性を演出してくれるかである。枠組みの中に意外な犯人を潜ませているのか、それとも最後に枠組みそのものをひっくり返して見せるのか。

 ところが、この作品の面白味はそういった意外性とは別のところにある。読み所は、ポアロの調査によって浮かび上がる人物像と、彼らの造形と密接に関係する伏線の解釈、といった辺り。

 あの言葉は、あの行動は、あの記述は、こんな意味があったのかと分かる面白さ。ポアロが真相を確信するきっかけとなった(伏字)という情報の、シンプルさと解釈のお見事さも上々である。

 これはいいものを読んだ。

『横溝正史探偵小説選IV』 論創社

●『横溝正史探偵小説選IV』 論創社 読了。

 贔屓にしている作家だけあって、やはり横溝正史は読んでいて楽しい。全体はおおまかに三部構成になっており、第一部は黒門町伝七捕物帳の六話である。特に気に入ったのは以下の作品。

 短いページに複雑なストーリーが凝縮された「雷の宿」と「通り魔」。真相がトリッキーだし、微妙ではあるが読み返すとはっきりそれと分かる伏線が嬉しい「船幽霊」。真相は割と単純だが、事件を取り巻く周辺状況が異様な「宝船殺人事件」。ってなところである。

 ところで正史が手掛けた伝七作品は、後に全て人形佐七ものに改稿されている。六編のうち四編は以前両者の読み比べをしているし、残りの二編「雷の宿」と「幽霊の見世物」については今回ごく簡単に読み比べをしてみた。今日の日記があまりにも長くなるので、その辺の話はばっさり省略するけれども。

「通り魔」、「宝船殺人事件」、「船幽霊」の三編については公開日記に当時の記録が残っているので、お暇な方は検索してみてください。

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 第二部は、お役者文七捕物暦の三編である。しかも以前徳間文庫で刊行されたバージョンではなく、初出誌版だというから嬉しいではないか。そして、それぞれが微妙に味わいが違っているのが楽しい。

 ちょいとお色気を交えた通俗スリラーの「比丘尼御殿」。殺人鬼が跳梁する猟奇ミステリの色合いが濃く、金田一シリーズの東京ものに改変しても違和感がなさそうな「花の通り魔」。複数のグループが宝の地図を奪い合うという、これぞまさしく大衆小説の王道「謎の紅蝙蝠」。ってなもんである。

 そのなかで特筆すべきは「花の通り魔」である。巻末解題によれば、初出版と東京文藝社の単行本版とでは物語の構成が多少違うという。個人的には、単行本版の方がずっといい。事件の背景となる情報を読者に提示するタイミングが変わっており、そのおかげで単行本版の方が猟奇ミステリの味がぐっと濃くなっているのだ。

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 第三部はジュブナイル時代長編「しらぬ火秘帖」。これがもう、ハチャメチャに面白い。かの快作「神変稲妻車」に匹敵する、トンデモ活劇なのである。

 その昔海賊が奪い貯めた巨万の財宝。その在処を記した七枚の永楽銭争奪戦が、基本ストーリーである。登場人物は眼元涼やかな美少年剣士、顔の火傷を頭巾で隠した妖女、樫棒を得物とする巨漢、猿の群れを操る怪童、蝙蝠を使役する忍術の達者など。まだまだ、造形が際立ちまくった者達はこんなものではない。彼らが互いに巡り合い、闘い、裏切り、時には捕らえられ時には絶体絶命の危地に陥る。

 彼らの立場はそれぞれ異なり、豊臣の残党、海賊一味、隠れキリシタンと様々である。それぞれがぞれぞれの志なり欲なり思惑なりに従って離合集散を繰り返しながら、物語は大きなうねりとなって流れてゆく。未完なのが残念だが、紆余曲折を楽しむ作品なので、致命的な欠陥にはなっていない。とにかく、読んでいる間ずっと面白いのは驚異的である。

●馴染みの書店に取り寄せを依頼していた本を受け取ってきた。
『ソーンダイク博士短編全集I 歌う骨』 R・A・フリーマン 国書刊行会

『大河内常平探偵小説選I』 論創社

●『大河内常平探偵小説選I』 論創社 読了。

 途中で別の本を挟んだので、手に取ってから読了までに一週間もかかってしまった。

 全六話で構成される連作短編シリーズ「夜光る顔」は、B級テイストが強くて読み口は軽い。だが意外なほどミステリの趣向も濃くて楽しい。場所を偽装するトリック、いくらなんでも無理がありそうな大掛かりな(伏字)トリック、痕跡を残さない殺人のアイデア、さらにはなんとチェスタトンのネタまで使われている。

 シリーズのベストは第四話「消えた死体」で、この時代ならではの展開が、今読むとおそらく作者の意図した以上の効果をあげている。

「25時の妖精」は、突拍子もない怪作。序盤の海野十三香山滋かというノリから、まさかの怪獣小説へ。やがて明らかになる主題は(伏字)。ところが物語はさらに発展……というより直角に折れ曲がり、なんでそうなるの、という方向に突っ走り始める。

 ハチャメチャな展開ととっ散らかったテーマ。B級スリラーが行き過ぎて、ホラ噺になってしまった感がある。巻末解題によれば、連作短編を無理やり長編に仕立て直したことからこんな歪な作品になったらしい。

●注文していた本が届いた。
『悪魔博士 フー・マンチュー』 S・ローマー ヒラヤマ探偵文庫

『ドイル全集1』 C・ドイル 改造社

●『ドイル全集1』 C・ドイル 改造社 読了。

改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第六回にして、ようやく第一巻を読み終えた。今回は第一巻の収録作から「最後の挨拶」の後半四編を読む。今更だから感想は無し。一編だけ、「魔の足」は発端の怪奇性が十分だし、伏線とデータとに基づく推理が書かれているしで、ちょっと面白い。真相はどうもいただけないけれども。

 第一巻を読むのに半年かかってしまった。全八巻を読破するのに四年かかるわけだ。急がずゆるゆる取り組んでいくことにする。



『灰色の部屋』 E・フィルポッツ 創元推理文庫

●『灰色の部屋』 E・フィルポッツ 創元推理文庫 読了。

 登場人物達の台詞が、やけに大仰でまどろっこしい。なにかってえと抽象的な議論を戦わせるのが面倒くさい。神だの霊だの信仰だの理性だの、そんな話に付き合ってられるかよ、という気になる。読み終えて振り返ってみると、そういった議論をも悠々と味読するのが、本書に対する望ましいアプローチなのかもしれない。残念ながら、生来せっかちな私はまどろっこしくて難渋したけれども。

 読み始めたときには、もしかしてかなり退屈な作品なのでは、という懸念があった。ところが、だ。中盤の展開がかなり意外。そして勢いを保ったままさらなる展開へ。会話がだるいのは相変わらずだけども、物語の盛り上がりはなかなかのものである。狂信的な台詞を喚きたてる某人物も、そんな造形だからこそ後の展開のインパクトに一役買っている。

 真相は、まあその辺りに着地点を設けるしかないだろうな、というもの。意外性には乏しいが、(伏字)の要素が魅力的だし、通常のミステリの型からはずれた奇天烈さもある。

●注文していた本が届いた。
『殺人七不思議』 P・アルテ 行舟文化
 特典小冊子『粘土の顔の男』が付いているのも嬉しい。

アラバスターの手

●書店に寄って本を買う。
『吸血鬼飼育法 完全版』 都筑道夫 ちくま文庫
アラバスターの手』 A・N・L・マンビー 国書刊行会

●日曜から読み始めた論創社をいったん中断して、今日から別の本に手を付けた。けれどどうもこの本、悪い意味で文章が古風なので。二十世紀初頭の作品なのに、台詞回しがやたらに大仰でまどろっこしい。こっちはこっちで難渋するかもしれん。

『踊る白馬の秘密』 M・スチュアート 論創社

●『踊る白馬の秘密』 M・スチュアート 論創社 読了。

 動物ミステリという括りがあるだろう。犬ミステリだとか猫ミステリだとか。本書は馬ミステリの佳品である。中盤で、テーマが明確になってくるシーンにぐっとくる。

 展開は、ジュブナイルのサスペンスを成人女性の視点で語ったような。副主人公格で活き活きと描かれている少年の視点で語ったとしても、成立すると思う。事件そのものが、えっこれだけ? と思うほどあっさりして型通りなのもジュブナイルらしい。私の好みから遠い、愛しいダーリンとの惚れたハレたが少なくてずいぶんと読みやすい。

 巻末解説によると海外での評価が高いようだが、一読してなるほどと頷ける。万人受けしないような尖がって強烈な魅力は無いが、同時につまらない部分も中だるみも無い。

●書店に寄って本を買う。
『黒魔王』 高木彬光 論創社

●お願いしていた本が届いた。
『F・W・クロフツ単行本未収録作品集』 黒仏文庫