累風庵閑日録

本と日常の徒然

「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」第五回

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第五回をやる。今回は途中で思わぬ事態が発覚したので、二編しか読めなかった。

◆「緑の紙片」 バーリイ・ペイン(昭和二年『新青年増刊』)
 牧師が偶然入手した紙片の断片には、姓名不詳の少女の危機が暗示されていた。彼は素人探偵に調査を依頼する。他愛ないコントだが、探偵の造形が嫌らしくて良い。

◆「深夜の晩餐」 L・J・ビーストン(昭和三年『新青年増刊』)
 政敵によって失脚させられた政治家と外国の美人スパイとの間で交わされる、私怨と国家とを天秤にかけた虚々実々の駆け引き。相変わらず伏線無しに話をひっくり返すビーストンだが、今回は途中の緊迫感にも力点が置かれているようで、ちょっと読ませる。

●扶桑社文庫の横溝翻訳作品リストと手持ちのコピーとを照合していたら、なんと未入手作品がいくつかあることに気付いた。早速、掲載誌の巻号数を明確にして図書館にコピーを依頼しようと思う。その辺りの確認作業に時間を取られてしまった。

●さらに追記事項。手持ちのコピーをひっくり返しているうちにふと、マッカレー「サムの不景気」の雑誌版と、平凡社世界探偵小説全集に収録されているバージョンとを比較してみた。すると、前半の訳文がまるで異なっている。それはそれとしてもっと興味深いのは、雑誌コピーの後半に大量の書き込みがあること。そしてこの手書きの文章こそが、平凡社版の文章になっている。推敲の痕跡なのである。

 ということはもしかして、コピー元の図書館に所蔵されている雑誌が、まさしく横溝正史が手にした一冊で、この字は正史が書いたものかもしれない。残念なことに、どこから手に入れたのか全く覚えていないし、入手元の記録もない。あるいは、某氏なんかのマニアさんからいただいたコピーかもしれない。もしそうなら、忘れてしまったってえのは大変失礼で申し訳ないことである。