累風庵閑日録

本と日常の徒然

『酒井嘉七探偵小説選』 論創社

●『酒井嘉七探偵小説選』 論創社 読了。

 題材のバリエーションに乏しいのがちと残念だけれども、全体としては面白く読めた。戦前派には珍しく、ロジカルな興味を重視した作風が好みに合っている。

「ながうた勧進帳」と「京鹿子娘道成寺」とが、収録作中の双璧。読み所は、前者では語り手が些細な違和感から真相に気付く展開、後者では衆人環視の舞台上での殺人という不可能興味である。どちらの作品も、いくつかのアンソロジーで既読だけども、良いものは再読してもまた良いのだ。

 その他胸に響いた読み所を列挙すると、「探偵法第十三号」でのキーパーソンの計画と破綻、「郵便機三百六十五号」の切れ味、「空に消えた男」の不可能興味、「遅すぎた解読」の突発するサスペンス。評論・随筆篇では、犯罪実話「地下鉄の亡霊」の捻りが上手く決まっている。遺稿篇では、「猫屋敷」の不気味さが良い。

 それにしてもこの本、作品を網羅するばかりでなく、未発表の遺稿までも収録するとは、なんと素晴らしいことか。創作物を後世に残し伝えてゆくという意味で、論創ミステリ叢書のなかでも屈指の成果と言えよう。