累風庵閑日録

本と日常の徒然

『知られたくなかった男』 C・ウィッティング 論創社

●『知られたくなかった男』 C・ウィッティング 論創社 読了。

 まず、個人的に読んだタイミングが良かった。オーソドックスな謎解き長編ミステリを読むのがちょいと久しぶりなので、その新鮮さだけで面白さが増す。だがそんな要素が無くても、これほどしっかり丁寧に構築された作品を読むのは喜びである。

 村の人々や日常の情景が活き活きと描かれているのが、まずひとつの魅力。社会貢献活動にのめり込むシビル・デフレインなんざ、上出来である。現実にいたら絶対に近づきたくない人間だけれども、フィクションだから安心してその傍迷惑な言動を楽しめる。

 村の日常で一番気に入ったシーンは、具体的に書きたいところだがそうもいかない。このシーンは真相と重大な関連があるのだ。その場のノリで何気なく発せられたような些細な言葉が、結末で悲劇的な重みを伴って立ち上がってくる。犯人の造形がぐっと深まり、それまで描かれていた表向きの貌とは別の側面を見せる。

 中盤以降、被害者の人物像が具体化するにつれて物語世界が急激に広がってゆくのもダイナミックな面白さがある。結末で、(伏字)た意味がぱっと見えると、やがて様々な要素がひとつにまとまってゆくのも気持ちが良い。

 繰り返しになるが、久しぶりにこんなまっとうな謎解きミステリを読めて大いに満足である。