●『黄色いアイリス』 A・クリスティー ハヤカワ文庫 読了。
クリスティー文庫創刊前に買って長らく積ん読だったものを、ようやく読んだ。なかなかに楽しい短編集であった。ほとんどの収録作に、ちょっとした伏線、ロジック、意外性が盛り込まれており、実に型通りなミステリに仕上がっている。この、型通りというのがもう、私の好み直撃である。
奇怪な不可能興味もないしスットンキョーな殺人トリックもない。そういった要素がこてこてに盛り込まれた重量級の作品にも魅力があるが、本書の魅力はちょっと違う。小味ですっきりして気が利いている。ステーキやトンカツの旨さではなく、胡瓜の糠漬けや冷奴の旨さである。探偵役はポアロにマープルにパーカー・パイン。バラエティがあってそれも楽しいではないか。
個人的ベストは、収録作中で最も長い「第二のゴング」。やはりある程度ページを確保してしっかり書かれている方が読み応えがある。題名が意味するところだとか、(伏字)からだ、というロジックなんかがミステリの妙味である。
他に特に気に入った作品は、ポアロだからこそ気付いたといえそうな手がかりが秀逸な「あなたの庭はどんな庭?」、パーカー・パインの仕切りがお見事な「ポリェンサ海岸の事件」、(伏字)ネタの「ミス・マープルの思い出話」といったところ。だが、挙げていない作品も十分楽しめた。