累風庵閑日録

本と日常の徒然

『シャーロック・ホウムズ読本』 E・W・スミス編 研究社

●『シャーロック・ホウムズ読本』 E・W・スミス編 研究社 読了。

 シャーロキアン団体「ベイカー・ストリート不正規隊」のメンバーによる文集である。内容はホームズネタの研究論文、小咄、詩など。申し訳ないが打率は低い。だが、面白く読めた文章がいくつかある。アンソニー・バウチャー「後期のホウムズは替え玉か?」では、ライヘンバッハ以前と以後とでホームズは別人であると主張している。興味深いのは、後期の人物の正体を「消えた特急」の投書家だとしている点。チャールズ・グッドマン「歯科のホームズ」では、聖典のわずかな記述からこれだけの歯科ネタを書く創造性に感心した。

 一番面白かったのは、レックス・スタウト「ウォトスンは女だった」。以前何か別のシャーロキアン本で既読かもしれないけども。わずかなページの、後半に行くにしたがって馬鹿馬鹿しさが加速する。真面目な顔で冗談を言うタイプである。ウォトスンの正体はなるほどそれっぽいし、最後にホウムズとの関係が後世に及ぼした影響を示唆してむりやり目のオチにしている点も愉快である。

 ところでどうも、個性的な翻訳の本であった。独特の表記が目に付く。ホウムズ、ウォトスン、アイリーニ・アドラーなど。作品名では「ボヘミア王家の色沙汰」、「ソー橋」など。「ふきかえ事件」って、どの作品のことだろう。異様なまでに意味を取りにくい論文がちょいちょいあったのも、個性ということにしておこう。そんなものに出くわすと、目が活字の上を滑ってゆくだけになってしまう。打率が低い一因である。

 巻末のあとがきを読むと、明記されてはいないがどうやら大勢の下訳者を経て成立した本らしい。名前をずらずら挙げて、「~の諸君に基礎的な協力を得ました」としてある。それぞれの下訳者の技量によって、日本語のこなれ具合が変わってきたりはしていないだろうか。あるいはそもそも、英語の論説文を日本語に置き換えることに無理があるのか。まだあとこれだけ読まないと終わらんのかと、残りページを数えながら読み進めるしんどい本であった。