累風庵閑日録

本と日常の徒然

第九回横溝正史読書会 本陣殺人事件&赤屋敷殺人事件

●都内某所で、横溝正史読書会が開催された。課題図書は「本陣殺人事件」と、A・A・ミルン「赤屋敷殺人事件」である。ミルンは、特に横溝正史訳の論創社版に限定している。それぞれ単独で語るもよし、両者の関係を語るもよし、という会である。参加者は十名。さらに特別ゲストがお二方お越しいただいた。ここでまず最初におことわり。以下のみっつの観点で、省略した部分が大量にある。

・一般公開なので、犯人や終盤の展開など、ネタバレ部分は全て省略。

・当日は各社から出ている様々な「赤屋敷」が持ち寄られて、それらを比較しながら訳の違いについて語り合った。だが、課題図書は論創社版のみである。読書会の趣旨は作品自体の観賞であって、訳の違いは少々筋の違う話なので、省略。挿入されている屋敷の見取り図も含め、興味深い差異が多々あったのだが、それらは参加した者だけのお楽しみとしておく。ただし例外として、他の訳と比較しつつ横溝正史の訳文について考察する話題は会の趣旨に沿っている。だがあいにく、その多くが終盤の展開に触れているため、やむなく省略した。

・会場では長机を並べて参加者が囲む形になった。場が盛り上がったのはいいのだが、複数の異なる話題が会場のあっちゃこっちゃで同時進行する事態がしばしば発生した。録音データからはそれらの内容を個別に分離できないので、文字起こしを諦めている。司会者である私がもう少し積極的に交通整理をすべきだった。反省点である。

 なお文末に数字が付されている場合、角川文庫旧版『本陣殺人事件』のページを示す。また「赤P~」の表記の場合、論創社『赤屋敷殺人事件』のページを示す。このブログの本文にはネタバレはないが、示されたページではネタバレの可能性があるので、閲覧注意のこと。

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◆まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく
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 今回初めて読んだお方が多そうな、「赤屋敷殺人事件」についての感想をいただく。

横溝正史が書いてる(訳してる)んだからだいぶ読みやすいのかなと思いながら読んだ。ところどころ、あっ、ここの描写が、っていうのに引っ掛かりながら読むのがとても楽しかった」
「途中まですごくつまんなくて、読むのが苦痛だった。でも終盤に、横溝正史の某作品で見たネタが出てきて、自分の中で気持ちが盛り上がった」

横溝正史は書き出しも上手いけど結びの文章も上手い作家だと思っている。「赤屋敷殺人事件」では、各章の結びの文章のキレがすごくいい。ハヤカワポケミスと比べながら読んでみると、法廷シーンなんかをばっさり省略している。この辺りに、横溝正史のキレのいい書き方が見えた」

「今回初めて読んで(伏字)ネタに気づけず、最後にえっ、と声が出た。もうひとつ、金田一耕助ギリンガムに似ているという話だけは知ってたので、彼がすぐ登場してくれて嬉しかった。というように、最初から最後までずっと楽しめた作品だった」

「(犯人の人物造形)にびっくりした」
「初めて読んだのは小学生の時で、犯人が分かりやすすぎると思った。目次に「(伏字)の告白」ってあって、この人告白してんじゃんって。今回あらためて読むと、そこまでつまらなくはないな、という控えめな感想になった」

「以前読んだときの印象では、ゆったりした感じでギリンガムとビヴァーレイとがきゃっきゃうふふしながら散歩してる小説。それが今回横溝正史訳で読むと、割と刈り込まれていてさくさく進んだ。いろんなパーツが「本陣殺人事件」だけじゃなく他の横溝正史作品にも流用されていることが分かって、「赤屋敷殺人事件」は横溝正史の原点なんだなという気がした」

「夏の田舎というのどかで明るい舞台の下で、素朴なミステリが繰り広げられているのがとても楽しかった」
「あ、これ「本陣殺人事件」で見たところだとか、これ他の横溝正史作品で見たところだみたいな発見があって、すごく楽しく読めた」
「最初、創元推理文庫で読んだときにはあまり面白くなかった。今回論創社版で読んでみて、抄訳のせいもあるだろうけど短くまとまっていてこっちの方が分かりやすく、面白かった」

【『赤屋敷殺人事件』の話題】
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ギリンガムとビヴァーレイとについて
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「「赤屋敷殺人事件」って、ギリンガムとビヴァーレイとがぶらぶらしながら謎解きごっこをしている作品で、全般的に夏休みの冒険みたい」
「この二人はまるでボーイスカウトだよね」

ギリンガムは割と早いうちに特定の人物を疑い始める。実際、この段階(赤P104)から「あの男」って意味ありげなことを言ってるし」
「そこの描写もそうだし、ギリンガムが今思っていることをそのまま書いてあるよね。よくある名探偵みたいに考えてることを隠さない」
ギリンガムの思考やビヴァーレイとのディスカッションで、謎についてあれこれいじるのが読んでいて楽しい」

「ケイレイから誰だと問われたギリンガム(赤P28)が、その質問を無視する。謎に夢中になっている感じが探偵然としていて、いい感じ」

「ビヴァーレイはランボルド少佐に嫌なことを言ってちょっかいを出すし、やたらうるさくて嫌いだった。でも、彼がいたからギリンガムが赤屋敷に来たんだと思うと、まあ悪くないなと思える。若くて元気がいいからギリンガムは彼のことを気に入っているし」
「赤屋敷のゲストの中ではビヴァーレイはちょっと嫌な奴だったけど、ギリンガムと二人で行動するときは可愛いじゃない」
「好きな女の子とちょっと強く握手していて(赤P55)、惚れてることがギリンガムにすぐばれるのも可愛げ」

「揃えた両手の甲の上に顎をのせた、ギリンガムのポーズ(赤P105)が好き」
「そこの部分の描写って、他の訳では頭を抱えてるだけなんだよね。横溝訳でにじみ出る可愛さ」

(結論。どちらも可愛い)

【本陣殺人事件】の話題
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◆三郎と探偵小説と
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「三郎の蔵書(P100)に、横溝正史の名前がない。自分で入れないのは当然だと思うけど、なんだかなあと思った」
高木彬光なら絶対入れると思う。あの人自分大好きだし」
「三郎は本格好きだから海野十三は趣味じゃないと思うんだけど」

「三郎の人間性がよく出てるのが、金田一耕助と探偵小説の話をするところ(P110)。「それから兄の顔を見ながらいくらか臆病そうに」自分の好きなことを喋るという辺りがオタク仕草に思える。このとき三郎はきっと早口になってるはず」
「三郎と久保克子と金田一耕助とはみんな同い年なんだよね」
「同年代の探偵小説オタクの間で、バチバチのバトルをやってるわけだ」

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金田一耕助について
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金田一耕助は、縄の結び方で植木屋が結んだか素人がやったのか判別できる(P107)」
「それはけっこう分かると思う。大掃除で、古雑誌をまとめて縛るのが下手な人がいるでしょ」

金田一耕助には妙な器用さがあって、口笛はよく吹くけど実は指笛も吹ける(P152)」
「鋭い指笛って、ちょっとかっこいい仕草。金田一耕助のくせに(笑)」

金田一耕助の初登場時(P79)、左手は懐手、右手はステッキという姿。手荷物はないのか?」
「久保銀蔵の家から来てるから、泊まり道具なんかは持ってきてないんじゃないかな」
「でも替えの下着と足袋くらいは持ってくるでしょう」
「こんな事件、一泊するまでもないと思ってたのでは」
「つまんない事件だけどおじさんに呼ばれたからしょうがないって態度で、やる気のなさがにじみ出ている」
「自分の恩人の姪っ子が死んだっていうのに、淡々としている」
「その一方で、事件の解明に取り組むことは楽しくってしかたない(P168)」

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◆その他の登場人物について
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「久保銀蔵が婚礼に奥さんを連れてきてないのはなぜだろう。奥さんの方が克子の結婚に前向きだったのに」
「本当は連れていく予定だったんだけど、金田一耕助が来ちゃって、一人にしておくわけにはいかないから奥さんを置いてきたとか」
「殺人の後、奥さんも一緒に来ればいいのに金田一耕助だけ来たよね」
「もしかしたら何か確執があったのかも。あるいは家柄的に一柳家が苦手だったとか」

「一柳家の嫁は琴を弾けないといけないし、しかも一柳家に伝わる曲を弾くって。その日初めて嫁に来た人に、弾けって言っても弾けないでしょう」
「それは嫁いびりだよ」
「糸子刀自の意地悪さで、本当は結婚に反対なんだけど賢蔵に押し切られて悔しいから、何かケチをつけたいんじゃないの」

「賢蔵は頭のいい学者先生だけど、実務的にはなんの役にもたたない。その点は「赤屋敷殺人事件」のマークに通じる」
「そうやって類似性を見るなら、ケイレイは三郎でもあるけど、実務処理を任されている点で良介でもある」

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◆「本陣殺人事件」に見える「赤屋敷殺人事件」の影響について
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「惨劇の舞台が赤いし、探偵は駅からやって来る。連載当時の読者は、これって「赤屋敷殺人事件」じゃんと思ったのでは。当時の読者の感想が知りたい」

「冒頭で、似た事件として海外ミステリがいくつも並べられているところに「赤屋敷」の題名は出てこない。金田一耕助の登場シーンで、ギリンガムに似ているということで初めて題名が出てくる。でも、最初に挙げられたどの作品よりも「赤屋敷殺人事件」が一番似ている気がする」

「細かい類似点がところどころにちょこっと書いてあって、しかもそれぞれブラッシュアップされてるよね。たとえばギリンガムが世の中を見たいと言ったとき、父親はアメリカに行けばいいと言ったのに、彼はロンドンにしか行ってない。でも金田一耕助アメリカに行ってる。ちょっと上をいってる」

(他にも、真相に関わる細かい類似点が多く語られた)

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金田一耕助ギリンガム
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金田一耕助は、外見がギリンガムに似てないし、一度見た情景は忘れないという特殊能力(赤P75)もない」
「事件に全然関係のない人物がふらっと現れて、誰にも何にも言われないうちに謎解きを始めちゃうのがギリンガム。そういうぬるっとした感じは似ていると思う」
ギリンガムは金に困っていない。金田一耕助もたぶん割といいとこのぼっちゃんで、がつがつしたところがない。なにしろ戦前に大学に行ってるし、ふらっとアメリカに行ってるし」

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◆ネタバレ非公開部分のキーワードだけ並べておく
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散歩して池、隠し場所、ふたりの関係性、お客を帰しちゃう、身元がばれる、ラストが違う、本当になんの関係もない、潔癖なのに、実務家肌の性格、裏に書いてない、宴会に来ないのか、等々。

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◆なんとなくのまとめ
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 横溝正史は「赤屋敷」から大きな影響を受けた。