累風庵閑日録

本と日常の徒然

『奇術探偵曾我佳城全集』 泡坂妻夫 講談社

●『奇術探偵曾我佳城全集』 泡坂妻夫 講談社 読了。

 「白いハンカチーフ」と「バースデイロープ」は、あれこもれも伏線だったのか、と驚く。「消える銃弾」は、何故(伏字)たのか、という視点が良い。「ジグザグ」は、犯行の経緯にはあまり感銘を受けなかったけれども、真相の一部を成すとある趣向には感心した。

 「ミダス王の奇跡」は、シンプルでさりげない伏線の組み合わせと、それぞれの配置とがお見事。ミステリの面白さとは違うが、「シンブルの味」と「真珠夫人」の、登場人物の心情にぐっとくる。

 甲乙付け難いベスト級の作品が、「ビルチューブ」と「花火と銃声」の二編。前者は伏線と真相の面白さ、そして解決と幕切れの鮮やかさがどれも際立っている。

 後者はいくつかの奇妙な質問によって容疑者の名前を言い当てる外連味が嬉しい。犯人が施した工作とそのベースとなる発想が、どうもこういうのは大好きだ。

すべては死にゆく

●お願いしていた本が届いた。
『すべては死にゆく』 L・ブロック 二見書房
 今年になって初の古本買いである。

●日常の買い物がてら書店にも寄って本を買う。
『のりもの勝席ガイド 2019-2020』 イカロス出版
 今年もこのムックの刊行時季になった。早いものである。

●今読んでいる本が、どうもいまひとつである。こいつを中断して、明日からは別の本を手に取ろうかと思う。またつまみ食いが増える。実際どうするかは明日の朝の気分で決めるけれども。

『死者との誓い』 L・ブロック 二見文庫

●『死者との誓い』 L・ブロック 二見文庫 読了。

 マット・スカダーシリーズの第十一作である。まず、事件が面白い。通り魔的な射殺事件で、容疑者はすぐに逮捕された。解決があまりに早く単純だったので、警察は捜査の常道である被害者の身辺調査をやっていない。ところがスカダーがその辺りを調べ始めると、じわじわと謎の部分が見えてくる。地道な調査の過程を読む面白さがある。

 また、人物造形の面白さもなかなかのもの。否応なしに人間は変わる。成長して、あるいは年老いて、あるいは病を得て、環境の変化に伴って。自分も変わるし相手も変わる。人間が変われば、互いの関係もまた変わってしまう。そういった変化の模様を、静かに丁寧に積み重ねてゆくのが、読んでいてしみじみと胸に迫る。

●あまりにも面白かったので、スカダーシリーズで唯一文庫になっておらず持っていなかった『すべては死にゆく』を、ネット古書店に注文してしまった。

金時計

●お願いしていた本が届いた。
『金時計』 P・アルテ 行舟文化
 素晴らしい。おまけの小冊子「花売りの少女」も付いている。

●今月の総括。
買った本:十二冊
読んだ本:十冊
 買う方は、文フリと予定外の本とで数が増えてしまった。読む方は、細切れのつまみ食いがなければもう少し数をこなせたはずだが、そういう気分ではないのでしょうがない。

「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」第十二回

●昨日は、今日から新たな本を読み始めるつもりであったが、今朝になって気が変わった。横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第十二回をやることにする。

◆「乗合馬車」 ジョセフ・ハーゲシャイマア (昭和八年『新青年増刊』)
 嫌な話。近所に引っ越してきた無法者達のせいで、善良な一家が滅茶苦茶になる。

 以下の二編は、論創社から『レディ・モリーの事件簿』として訳されたシリーズの一部である。ということを、読み終えてから気付いた。

◆「ブリタニイの古城」 バロネス・オルチ― (昭和九年『新青年』)
 富豪の老婦人と、その妹、そして妹の息子の物語。息子がろくでなしってのはお決まりのパターンで。妹一家が、自分達に不利な老婦人の遺言状を奪って廃棄してしまおうと画策する。

 論創社版「ブルターニュの城」と簡単に比較すると、描写や展開が大幅に省略されている。あまりの簡略化で、まるで骨格だけのようだ。そればかりか、結末の展開もちょいと変更されている。その方が劇的効果が高まると、正史が判断したのかもしれない。

◆「ひと夜の戯れ」 バロネス・オルチー (昭和九年『新青年』)
 帽子売子の襲撃事件が、貴族婦人の恐喝へと発展する。台詞が軽快である。「訴へて出ようか、寫眞を出すか。二萬磅か五年の懲役。」

 論創社版「とある日の過ち」と簡単に比較。登場人物が減っているし、描写も展開も大幅に省略されているのは「~古城」と同様。ディテイルがしっかりしている分、論創社版の方が面白い。不思議なのは、数値がいくつか食い違っていること。上記の台詞に相当する部分では、論創社版は二千ポンドと二年間の懲役になっている。理由も意図もよく分からない。

●お願いしていた本が届いた。
『万象綺譚集』 A・ブラックウッド

明日からは別の本

泡坂妻夫の曾我佳城を半分まで。こいつを中断して、明日からは別の本を手に取る。フリーマンも中途半端だし、本のつまみ食いが多くなってきた。でも、そういう気分なんだからしょうがない。

●書店に寄って本を買う。
『ミステリマガジン 7月号』 早川書房
 クイーン特集だてえから、買ってみた。

「赤い拇指紋」フリーマン

●午前中は野暮用。帰宅して昼寝してから、午後は本を読む。改造社の世界大衆文学全集第六十巻『ソーンダイク博士』から、収録の長編「赤い拇指紋」を読了。

 どうもフリーマン殿、捻りだとか意外性だとか、そういう方面には関心が薄いようで。その昔創元推理文庫で読んだ作品の再読だから、真相をぼんやり覚えているのを差っ引いたとしても、真相も真犯人も手がかりもあまりにみえみえである。

 だからといってつまらないわけではない。ソーンダイク博士は手がかりをひとつひとつ拾って、地道に堅実に真相に迫る。これぞフリーマン流の、地味な滋味をきちんと味わえる。また、脇役の造形も好ましい。無能で浅慮なラウレイ弁護士だとか、実験の手伝いをさせてくれないと言って拗ねる助手のポールトンだとか、事件よりも関係者の美人の方に意識が向かってしまう人間臭いジャーヴィスだとか。

 同時収録の残りの中・短編は、来月くらいに読む。

●書店に寄って本を買う。
『誰そ彼の殺人』 小松亜由美
 初の単行本である。めでたい。素晴らしい。

●お願いしていた本が届いた。
『おしゃべり時計の秘密』 F・グルーバー 論創社
『十一番目の災い』 N・ベロウ 論創社

『銀の墓碑銘』 M・スチュアート 論創社

●『銀の墓碑銘』 M・スチュアート 論創社 読了。

 まず、オープニングが魅力的。私には何も起こらない、と思っていた主人公に突如降りかかった、奇妙な人違い。その出来事をきっかけに、彼女は自ら冒険に巻き込まれてゆく。まるでクリスティーの冒険スリラーのようである。

 序盤で示される、第二次大戦秘話という題材が私好み。そして終盤で見えてくるもうひとつの題材は、それで物語世界が一気に広がるインパクトがある。

 嬉しいのが、些細な伏線があちこちに散りばめられていることで。この、些細な、というのがポイント。あとで指摘されてからページを戻り、おお、気付かなかったけどここにしっかり書いてあった、なるほどなるほど、と確認する作業の楽しさよ。

 全体として、題材も展開もなかなかの良作であった。

『道化の町』 J・パウエル 河出書房新社

●『道化の町』 J・パウエル 河出書房新社 読了。

 なんとも不思議な短編集であった。プードルは人間と会話し、オランウータンは王として君臨する。金の卵を産む鶏はガラスの塔から盗まれ、道化師はパイで殺される。

 いろんなタイプの作品が収録されているので、単純にベストを挙げることはできない。捻りの面白さなら「最近のニュース」、グロテスクな味わいなら「時間の鍵穴」、謎解きミステリとしてなら「アルトドルフ症候群」、といったところ。

 他にも、意外な題材を私立探偵小説に仕立てた「死の不寝番」、奇天烈な設定と奇天烈な展開とが突き抜けてしまったメイナード・ブロックシリーズの二編「愚か者のバス」、「折り紙のヘラジカ」などが秀作。