累風庵閑日録

本と日常の徒然

『鮎川哲也探偵小説選III』 論創社

●『鮎川哲也探偵小説選III』 論創社 読了。

 ジュブナイル集である。いい歳したおっさんが読んで本気で楽しめるものではないけれども、ジュブナイルなりの面白さがあるわけで。それに、そもそも本書の意義は、今まで単行本未収録だった作品の数々が読めることにあるのだ。面白かろうがそうでなかろうが、読めないことにはお話にならない。

「悪魔博士」は怪人が跳梁するSFめいたミステリかと思っていたら、着地点が意外。他に気に入った作品は、きちんと手掛かりが仕込んである「白鳥号の悲劇」、「虫原博士の死」、「黄色い切手」といったところ。特に「虫原博士の死」は、指摘されて初めて気付くあからさまな手がかりがお見事であった。

「一夫と豪助の事件簿」では、中編のボリュームがある「黒い暗号」がベスト。しっかり長さを確保して展開に起伏があるし、暗号周辺の趣向もよく出来ている。「南海荘事件」は事件の密度が高い秀作。伏線が効いてる「祭りの夜の事件」、シンプルなネタが好ましい「呪いの家」、といったところもちょっとした佳編であった。

 第二巻で脱落していたという「冷凍人間・補遺」は、これも読めることに意義がある。第二巻を再確認したところ、今回挿入分のダイジェストである第七回第一章の手際のよさに感心した。

『マクシミリアン・エレールの冒険』 H・コーヴァン 論創社

●『マクシミリアン・エレールの冒険』 H・コーヴァン 論創社 読了。

 なにしろ十九世紀後半の作品だから、ロジックや伏線の妙味を期待してはいけない。最初からそういうものだとわきまえて臨むと、これがなかなか楽しい読物で。帯にデカデカと書いてあるように、ホームズを彷彿とさせる主人公マクシミリアン・エレールの造形が楽しい。彼が真相に到達する過程の素朴さが楽しい。

 ゴシックロマンスの風味が漂ったり(伏字)ネタがとび出したりと、いかにも十九世紀の小説らしい味わいが、これはこれで楽しい。ちょっとした捻りがあって、意外性が仕掛けられていること自体が意外であった。

●書店に寄って本を買う。
『恐怖』 A・マッケン 創元推理文庫

●注文していた本が届いた。
人形佐七捕物帳 九』 横溝正史 春陽堂書店

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第十三回

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第十三回として、第三巻の続きを読む。今回は「シヤアロツク・ホウムズの想ひ出」から、後半の五編を読んだ。

 今更感想でもないので、一言だけ。「かたわ男」の名前ネタと「海軍條約文書事件」のベルのネタが秀逸。

●先日の土曜日十五日に開催されたオンライン横溝正史読書会の、簡単なレポートを書いて当日の日付でアップした。

『織姫かえる』 泡坂妻夫 文藝春秋

●『織姫かえる』 泡坂妻夫 文藝春秋 読了。

 宝引の辰捕者帳の、文庫になっていない最終巻である。ミステリとしては、という視点はどうも違うようだ。むしろ事件とその解決とは脇に除けられている。会話はなんともお気楽呑気太平楽だし、事件を語る筆に陰惨さがない。全体に漂う、明朗でふわふわした気分を味わえばいいのだろう。江戸情緒なんて書くといかにも薄っぺらな文言だが、まあそんなようなものだ。読んでいて気持ちのいい作品集であった。

 一番気に入ったのは「だらだら祭」で、構成が割とミステリ仕立てになっているし、最後もきちんとオチている。「願かけて」も悪くなくて、不可能興味の真相がなんともシンプル。しかもいかにも時代小説らしい。

ドーカス・デーン

●本日は文学フリマ東京が開催される。神保町横溝倶楽部さんで、同人誌『ネタバレ全開! 横溝正史読書会レポート集』を委託頒布するので、浜松町駅で合流して手渡す。その後私は自分なりの買物をして、会場を離脱。

●今回買った本。
『『新青年』趣味XXI』 『新青年』研究会
『女探偵ドーカス・デーン』 G・シムズ ヒラヤマ探偵文庫
悪の華』 馬場胡蝶 ヒラヤマ探偵文庫
『ベデカー・ロンドン案内1905年度版』 ヒラヤマ探偵文庫Ex
『横溝ドラマ・舞台公演 感想文集』 神保町横溝倶楽部編

●昨日はオンライン横溝正史読書会が開催された。課題図書は「壺中美人」である。会の模様は録音してあるので、今日はその文字起こし。だが、途中で気力体力が尽きてしまった。最近はほとんど出歩かなくなったので、文フリの会場である東京流通センターくらいでも遠出に相当する。久しぶりの遠出でやけに疲れた。

第六回オンライン横溝正史読書会『壺中美人』

●第六回オンライン横溝正史読書会を開催した。課題図書は『壺中美人』およびその原型短編『壺の中の女』である。原型版は昭和三十二年に雑誌『週刊東京』に連載された。それを改稿して長編化したものが『壺中美人』で、初刊は昭和三十五年の東京文藝社版である。参加者は私を含めて十名。募集を開始した早い段階で参加枠がほぼ埋まる盛況であった。

●会ではネタバレ全開だったのだが、このレポートでは当然その辺りは非公開である。なお各項目末尾に数字が付されている場合、角川文庫『壺中美人』旧版のページを示す。参照したのは昭和五十八年刊の十六版。異なる版ではページが前後する可能性がある。

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◆まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく
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「ヒロインは楊華嬢。前髪パッツン、スレンダーでチャイナドレス、全身タイツ属性もあり、スイーツ好き。要素たっぷりなのにいまいち地味なのは、角川文庫旧版の杉本カバーの影響なのかも」
「最初はいろいろな設定でわくわくしてたけど、読み直してみると案外深い。できあがってる」
「よく壺に入ったな、というのが最初の感想」
「植物や色彩に関する描写が上手い」
「いつものシリーズに比べて金田一耕助の元気がなくてちょっと物足りなかった。『あっはっは』が足りない」
「長編化した割りにはぼんやりしたふくらまし方」
「子供の頃、文庫カバーの壺中の『中』が『虫』に見えてしまって凄く怖かった。そして壺のサイズが気になってた」
「これはミステリなのだろうか。風俗エロ小説では」
「同性愛に関する感覚が時代的に古い。だけど幼児虐待なんかの話題があって、時代が一周して追いついてきた感じ」
「せっかく短編を長編にしたのに、完成度が上がっていない」
ネタバレが含まれる感想は省略。

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◆井川マリ子について
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「原型短編ではマリ子が勤めている店の名前が『山猫』なのに、長編では『赤い鳥』に変えられている。マリ子の楚々としたイメージを強調しようとすると、山猫では猛々しいと判断したのか。でも山猫というワードは正史先生気に入ってたらしく、作中で再利用している」
楊華嬢のあだ名が山猫である。

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◆楊祭典について
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「楊祭典はユル・ブリンナーみたいなくりくり頭(P111)なのに、どうやって辮髪を付けてたんだろう」
「顎紐で?」
「前から見た時だけブリンナーだったしして」
キョンシーみたいに帽子をかぶって、帽子の方に付いてたとか」

「大正三年に数え年で七歳で、今はもう五十歳を超えている勘定だと、地の文にはっきり書かれている(P113)。ところが事件が起きた昭和二十九年だと、計算上は四十五歳」
「作品が書かれたのが昭和三十五年なので、その年のつもりで計算しちゃったのか」
ユル・ブリンナーが知られるようになったのが昭和三十一年なので、事件が起きた年にはふさわしくない」
「設定がいろいろ昭和二十九年とはちぐはぐ」
「事件の年代設定をちゃんと考察しないといけない」

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◆梶原譲次について
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 参加者の評価は案外高い。
「登場人物の中で一番まっとう」
「乱暴者だけど、個人的には譲次への好感度は高い」
「実は気が弱い」
「スポンサーも付いてて人から好かれるのに、選手権が取れない」

「短編では被害者が譲治、長編ではマリ子の情人が譲次。そんなに『じょうじ』が好きなのか」

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◆宮武たけについて
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「何度も同じ話を繰り返したと不平を言っている(P34)のに、金田一耕助に話をする際には『そこでいったいあたしがなにを見たとお思いになりまして』なんて言ってる(P40)。この人結構楽しんでるよね」
トークをやりすぎて、場慣れしてきてる」

「原型短編では名前が橋本たけ。そして外見描写がいじわるな婆さん」
「長編化の際に肉付けされて人物像が変わった」
金田一耕助に対する態度が、短編版の方が当たりが強くてそっちの方が好き。うさんくさく扱われることこそ金田一耕助だと思う。短編版の方が、うさんくさい人物が実はキレ者だという金田一像がよく出ている」

「橋本たけをわざわざ改名して宮武たけにして、しかもずっとフルネームで書いてる」
「みやたけたけなんて、ゴロが良いのか悪いのか」

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◆壺と犯行とについて
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「壺に入ってどうするつもりだったのか」
「そもそもどうやって壺に入ったのか」
「アトリエの女は足から入ろうとしてた」
「初出誌の挿絵では尻から入ってる」
「動作の描写が曖昧」

「警察が犯罪と壺と楊華嬢とを結びつけたのは、二つの情報から。一つは金田一耕助と等々力警部とが壺入りの芸をテレビで観ていたこと。これは偶然。二つ目は犯行現場での壺入りを宮武が目撃したこと。でもそれも偶然としか読めない。結局どちらも偶然」

「川崎巡査を刺した人物が、五月で雨が降ってないのにレーンコートを着てフードをかぶり、顔は舌布で覆っているのはいかにも異様。当時のレインコートは普通のコートに防水処理を施したものが多かった。それなのにこの装束は、注目してくださいと言ってるようなもの」

「横溝が念頭に置いていたのは乱歩の某作品。壺にクローズアップさせたかったんだけど、その仕掛けが上手くいかなかった」

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◆犯人に対する評価
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 当然詳しくは書けないが、犯人と犯行計画に対する参加者の評価はやけに低い。
「みんな脇が甘い」
「場当たり的」
「偶然」
「その場の思い付き」
「結果にコミットしてない」
「無駄な努力」
「浅知恵」
ぼろくそである。

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◆原型短編と周辺作品について
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「短編で被害者の甥に言及されるけど、一瞬で容疑の圏外に去っていった。物語中でなんの役割も果たしてないただのノイズでしかない」
「身内には犯人がいないことを示すためでは」
「名前を出さないただの脇役なのに、刑務所にいるなんて書いちゃうと事件性を帯びてしまう。なんでもうちょっと控えめな扱いにしなかったのか」
「情報が強くて読者の頭に残ってしまう」
「被害者の財産はこの甥にいくはず」
「端役なのに、坊主丸儲け」

「お役者文七捕物暦シリーズの、『花の通り魔』に通じるものがある」
「『花の通り魔』はミステリとしてしっかりしてるから、あっちを読んでると安心する」
「一方で『壺中美人』はもやっとしてる」
「あまりにもやもやでいろんな方向に発散してるから、エロいのかどうかもはっきりしなくなる」

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◆等々力警部と捜査陣と
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「後期作品にありがちだけど、刑事達がみんな金田一先生と呼んで尊敬してるのがいやだ。金田一耕助はもっとうさんくさい奴として扱われてほしい」
「『週刊東京』の連載からそうなった。それ以前は等々力警部も金田一さんと呼んでた。緑ヶ丘荘に越してきてから、いわゆる『シーズンII』になっている」

「『シーズンII』では、等々力警部が金田一耕助のお友達になっちゃってて、捜査をしなくなる。所轄の刑事が捜査した情報を警部の前に持ってくる」
「警察関係者の登場が凄く多い。一人ずつ合流する描写は必要? 現場に行ったらわあっといたでいいじゃん」
松本清張の『点と線』刊行が昭和三十三年。そろそろそういう視点の作品が出てきた時期」
「昭和二十九年に警察法が改正されて、所轄署ができたのを取り入れたのかも。それまでは等々力警部しか出てなかった」

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金田一耕助と食
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「ソバと天丼が章題になっている(P56)くらいだから大事なキーワードかと思ったら、ただ章の最後にソバを食っただけ」
「いやいや、金田一耕助の食の細さを描く重要なシーン」
金田一耕助は朝食の後だったからあまり食べない」
「その朝食も大したもの食ってないでしょ」

「朝食はいちごクリーム」
「正体は謎」
「無精者でサラダを作りたくないときの食事だから、手間がかかっちゃダメ」
「いちごジャムかと思ってた」
「管理人さんから貰った何か」
「ビジュアルが浮かばない」
「缶詰のアスパラにいちごクリームという謎の食事」
「いちごに缶詰のクリームをかけたものかも」

「この作品は五月の設定で、生のいちごが半額になってるくらいの時期」
「半額のいちごを、金田一耕助が買い物かごをぶら下げて買ってるとか」
「この時代は御用聞きがやってきてたんじゃないの」
「いちご安くなってますよ、て持ってきた」
「管理人さんが、行商のおばちゃんが来た時に適当に物色して買っておいてくれた」

「事件が起きたのが五月だからいちごだけど、もし秋だったらみかんを食べてたでしょう」
「もしくはりんご丸かじりか」
「柿は剥かないと思う」

横溝正史が料理について詳しく知ってるはずがない」
まことにごもっとも。

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◆その他小ネタいろいろ
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「あまり見ない形容詞『とっかわと』(P110)は、漢字で書くと倉皇で、慌てて急ぐ様、せかせかと、という意味」
「倉皇として(そうこうとして)、という表記は今でも見かける」
青空文庫で確認すると、尾崎紅葉の『金色夜叉』で倉皇と書いてとつかはというルビが付いている」

睡眠薬ハーモニンを熱燗のコップ酒で(P194)ってのは、ハードな飲み方してるな」
「アルコールで睡眠薬を飲むとよく効くよ」
「だめだよそんな飲み方しちゃ」
「村上マキは依存してたんでしょ」
横溝正史自身が常用してたんじゃないかな」

「楊祭典の家に車が二台あるって、冷静に考えたら凄いな」
「しかも家は錯雑たる雰囲気のちょっと分かりにくいような場所(P108)」

「前髪パッツンで額を出さないことに意味があるのか」
「昔の中国では幼児は前髪を揃えていたというから、幼児性の記号なのでは」

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◆ネタバレ非公開部分のキーワードだけ並べておく
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時代の先端、偶然と偶然、犯人が見せたかった絵柄、喋れば解決、蜻蛉のような、汗は出せる、仕掛けが不発、加害者の視点から被害者の視点へ、どちらにしても必然性はない、オトナの読書会、見向きもしない、どうやって運んだ、ひとつだけの本当、ってなところ。

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◆なんとなくのまとめ
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 『壺中美人』の真相や犯人像にはあまりにツッコミどころが多い。その辺りを語るだけで話題に事欠かない。ミステリとしては心細いけれども、語る題材が大量にあるという意味で、課題図書としてはとてもいい選択だったのでは。

●ネタバレ全開の完全版レポートは、読書会レポート同人誌の第二巻に収録の予定です。刊行の際にはぜひお買い求めください。

『天皇の密使』 J・P・マーカンド 角川文庫

●『天皇の密使』 J・P・マーカンド 角川文庫 読了。

「ミスター・モトの冒険」という副題が付いている。舞台設定は満州国成立後の中国、日ソ対立が国際的注目を受けていた時期である。視点人物はアメリカの青年ゲーツ。心に屈託を抱いて、モンゴルに行こうとしている。その素性も屈託の内容も、モンゴルでの目的もどうも曖昧で、中盤まで明らかにならない。これでは感情移入が難しい。

 代わりに興味の対象となるのが、主人公モト氏である。礼儀正しい態度と温厚な笑顔の向こうに、時折見せる氷のような目つき。何をたくらんでいるのか分からないが、どうやら大きな目的に向けて事態の調整と修正とに忙しい。

 作品のメインテーマは、とあるシガレット・ケースにまつわる国際謀略である。陰謀に巻き込まれたゲーツは、時にモト氏の指示に従って持ち駒として動き、時に反発して独自の行動をとる。

 サブテーマとして、ゲーツがモト氏とのやりとりを通じて人間的に変容してゆく様が描かれる。巻末の訳者あとがきによると、サブ主人公の成長がシリーズの特徴のひとつだそうで。そういえば、既読の論創海外「サンキュー、ミスター・モト」にも同様のテーマがあった。

 以前はちょいちょい読んでいた冒険小説のように、起伏がありスピード感がありサスペンスがありで、これは読んでよかった。「黒服の刺客」の章で、ゲーツと怪しげなハンビー大尉とが握手を交わすところなんざなかなか緊迫感のある名場面である。

 ところで、結局モト氏の目的ってえのがいまいちピンとこなかったのだが。私の読解力の問題なのだろう。そのせいでカタルシスが万全でないのがちと残念。

 本書はシリーズ第三作だそうで。第一作が雑誌『EQ』に訳載されているという。気が向いたらコピーを取り寄せてみる。

●定期でお願いしている本が届いた。
『マクシミリアン・エレールの冒険』 H・コーヴァン 論創社
『オールド・アンの囁き』 N・マーシュ 論創社

『薄灰色に汚れた罪』 J・D・マクドナルド 長崎出版

●『薄灰色に汚れた罪』 J・D・マクドナルド 長崎出版 読了。

 トラヴィス・マッギーシリーズを読むのは始めてである。人気シリーズだったというから、手慣れた感じで書かれた私立探偵小説の派生形だと思っていた。ところがその予想は大きく外れ、実際は土地と株とにからむ詐欺小説なのであった。これは面白いぞ。殺人の謎に対する扱いは軽いが、そもそもそっちに力点がないのだろう。終盤の展開なんかに上記の手慣れた感じが見えて、おかげでさくさく読める。

 といっても詐欺師が主人公ではない。友人の死に、どうやら土地の実業家や不動産業者やなんかが絡んでいるらしい。主人公は復讐として彼らに経済的ダメージを与え、なおかつ遺族にせめてもの利益をもたらしてやろうと活動を始める。そこに加わるのが一流の株屋や老練な弁護士、遺族の精神的支えとなる農場経営者などで、次第にチーム戦の様相を呈してくる。これは面白いぞ。

●お願いしていた本が届いた。
『Re-Clam vol.6』

『花の通り魔』 横溝正史 徳間文庫

●『花の通り魔』 横溝正史 徳間文庫 読了。

 前回読んだのは九年前。論創社の『横溝正史探偵小説選IV』に収録されている、短い初出バージョンを読んだのは去年である。今回は、来週に予定されている横溝正史オンライン読書会に向けた準備である。読書会の課題図書は「壺中美人」で、関連する副読本として「花の通り魔」が挙げられているのだ。内容はすっかり忘れているので、どういう点で「壺中美人」の副読本になり得るのか、という視点で読んだ。

 時系列的には、ちょいとややこしい。「壺中美人」の原型短編「壺の中の女」が書かれたのが昭和三十二年。改稿されて長編に仕立てられたのが昭和三十五年。一方「花の通り魔」が雑誌に連載されたのが昭和三十四年四月から七月。約二倍の分量に改稿されて単行本になったのが同年の十月である。つまり「壺の中の女」⇒「花の通り魔(初出版)」⇒「花の通り魔(単行本版)」⇒「壺中美人」という順番になるわけだ。

 読んでみるとなるほど。詳しくは書けないけれども、人物設定のいくつかに「壺中美人」へと結実しそうな気配が感じられるではないか。横溝正史の発想の流れと発展とが垣間見えて、興味深いことである。もっと細かい比較論は、読書会の他の参加者に期待しておく。

 そういう比較の視点ではなく、単純に物語を楽しむ読み方をしてもこの作品は十分読ませる。シリーズ中でもっともミステリ味が濃く、伏線もあるし意外性もしっかり用意されている。怪人千寿丸が跳梁する猟奇犯罪が、(伏字)ダイナミックさもひとつの読みどころ。基本骨格を保ったまま舞台を昭和三十年代の東京に移しても、十分通用しそう。ただし真相の性質からすると、金田一耕助のシリーズにするのはちょっと厳しいかもしれない。

『渡辺啓助探偵小説選II』 論創社

●『渡辺啓助探偵小説選II』 論創社 読了。

 いくつか気に入った作品にコメントを付けておく。起承転結の転がお見事な「黒猫館の秘密」、劇団の仕掛けが意外な「モンゴル怪猫伝」、そういう意外性が仕掛けられていること自体が意外だった「女王の浴室」。

 結末の切れ味がちょいと効いている「水着ひらめく」、奇天烈さもここまで突き抜けてしまえばいっそ天晴な「美しき尻の物語」。

「密室のヴィナス」は読者に手がかりを示さない古いタイプの本格だが、その点を受け入れてしまえば割と整った構成に好感を持つ。主要登場人物である玉枝の造形も読みどころ。

●お願いしていた本が届いた。
『河畔の悲劇』 ガボリオ 湘南探偵倶楽部
『別荘の殺人』 大下宇陀児 湘南探偵倶楽部
『白昼の殺人』 G・D・H&M・コール 湘南探偵倶楽部