累風庵閑日録

本と日常の徒然

『納骨堂の多すぎた死体』 E・ピーターズ 原書房

●『納骨堂の多すぎた死体』 E・ピーターズ 原書房 読了。

 題名の通り、納骨堂で発見された死体を巡るミステリである。だが、作者の力点は事件と同程度に、思春期の少年の揺れ動く心情と親子の絆とにも注がれているようだ。申し訳ないがそういうのは求めていない。

 この作者のカドフェルシリーズは全巻読んだが、中盤以降は惰性だった。私の好みではないのだ。本書を読むと、ピーターズは最初からピーターズだったのだと、まあ当たり前のことが分かる。

 けれども結局、読後感はそれなりに満足。何故なら背景となる物語が大変に魅力的なのである。それこそ現在の事件がかすんでしまうほどに。助演女優賞は、背景物語の方のキーパーソンに差し上げたい。

 事件そのものにも、伏線の面白さはある。あのエピソードの意味はこれだったのかと分かる展開がいくつかあって嬉しい。

『子供たちの探偵簿3 夜の巻』 仁木悦子 出版芸術社

●『子供たちの探偵簿3 夜の巻』 仁木悦子 出版芸術社 読了。

 長編「灯らない窓」は、大人と子供とがそれぞれ事件に取り組む様子が交互に綴られる。片方しか知らない情報もあれば、両方同じ対象を観ているのに視点が異なる情報もある。ふたつのアプローチが真相の一点に収束するまで読者を導いてゆく構成力に感心した。

「小さい矢」は、カーかチェスタトンかという趣向が私好み。「聖い夜の中で」は、殺された方はたまったもんではないが殺人者の心情に哀れを催してしまう。ちょいとヘヴィーな話。

「怪の物」

●学研M文庫の『ゴシック名訳集成 西洋伝奇物語』を手に取った。五百ページのこの本を一気に通読するのはしんどいので、来年にかけて細切れで読んでいこうと思う。

 まずはエドモンド・ドウニイ「怪の物」を読む。あやしのもの、と振り仮名がしてある。要するに怪物で、モンスター小説である。そのモンスターてえのが、ありがちな人狼や吸血鬼ではなく(伏字)なのがちょっと珍しい。

 じわじわと怪異を盛り上げる中盤までは型通りで私好み。あるキーパーソンの登場によって物語は転調し、犯罪実話めいた趣が加わってくる。

 訳者は黒岩涙香である。その訳文がどんなものかというに、最初の第一文を引用すると「読者よ、余が開業せし倫敦町尽れの家と云うは、大道より稍々入込みて広き空地の片隅に建てられたる者にして、先ず野中の一軒家とも称す可き、最静に最淋しき家なりき。」ってな具合である。振り仮名が付けてあるので、慣れてくればこの名調子は案外すらすらと読める。

●注文していた本が届いた。
『M・P・デア 怪奇短編集』 翻訳ペンギン

●お願いしていた翻訳道楽が届いた。E・D・ホックのサイモン・アーク集第二弾である。
『セクシーな密輸人』
『消えたアイドル』
襤褸をまとった暴漢』
『神秘的な女主人』
『行方知れずのビーナス』
付録として『楽園を創る話』 アーサー・ムーア

偏愛横溝短編を語ろう

ツイッターのスペース機能を使って、「偏愛横溝短編を語ろう」という企画を不定期に開催している。複数の語り手が参加して、一般的な評価や知名度に関係なくただただ自分が好きな作品の魅力を語る企画である。

 今までに三回実施し、各回ともだいたい五人程度が自らの偏愛短編を語っていただいた。近日中に第四回を予定しているので、採り上げる作品を選ぶため、横溝正史の短編からいくつか候補作を再読した。

●書店に寄って本を買う。
『姿なき怪人』 横溝正史 柏書房
エラリー・クイーン完全ガイド』 飯城勇三 星海社新書

『<アルハンブラ・ホテル>殺人事件』 I・オエルリックス 論創社

●『<アルハンブラ・ホテル>殺人事件』 I・オエルリックス 論創社 読了。

 割と地味な事件が途中から、(伏字)による殺人なんて趣向になってくる。ところがその方向で不可能興味を前面に出して盛り上げるかと思いきや、そうでもなく。物語の力点は、準主人公格の人物が受ける苦難、そして息子との絆って辺り。

 解決部分は私の好みからちょいと外れたタイプ。トリックだロジックだというより、人間ドラマに重点を置いた作風である。それは悪いことではなくて、ゴリゴリのマニア以外にも受ける間口の広さである。

東京文学フリマ

●東京文フリでお手伝い、兼委託本の頒布をしてきた。そこで買った本。
『CRITICA vol.16』 探偵小説研究会編著
『不思議の達人(上)』 G・バージェス ヒラヤマ探偵文庫
『虹の秘密』 加藤朝鳥 ヒラヤマ探偵文庫
『姿なき祭主』 G・ブリストウ&B・マニング 綺想社

 もう一冊、目当ての本を買ったつもりが間違って別の本を買ってしまったことに気付いてちょいとショック。

●文フリ会場でいただいた本。
『横溝映画ロケ地のひみつ大百科 蔵出し合本版』 横溝クラフト手芸部
横溝正史偏愛作品イラストレビュー』 探偵堂

 ありがとうございますありがとうございます。

●注文していた本が届いた。
『Re-ClaM vol.7』
『Re-Clam eX vol.3』

●頒布したのは横溝関連の同人誌、『ネタバレ全開! 横溝正史読書会レポート集2』である。おかげさまで持ち込んだ分は完売した。ありがたいことである。これから残部の通販を始める。

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「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第十九回

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第十九回として、引き続き第四巻を読んでゆく。今回は、医者とその周辺とを題材にした短編集「紅き燈火を繞りて」から、後半の六編である。

 面白かったのは、音と声とで読者の想像を刺激しながらじわじわと話を盛り上げてゆくオーソドックスな怪奇小説「大學の怪異」と、電気椅子死刑の黎明期を舞台にナンセンス落語かSFかという奇天烈な展開の「ロス・アミゴス町の大失敗」であった。

 そしてこの二編は、どちらも翔泳社の『ドイル傑作集II』に収録されている。今になって、この本の作品選択の確かさに感心した。ついでに書いておくと、翔泳社版の訳題は前者が「競売ナンバー249」、後者が「ロスアミゴスの大失策」である。

『ねずみとり』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『ねずみとり』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 戯曲である。以前小説版を読んでいたので、真相に対する驚きは無い。けれども初読なら十分楽しめると思う。全体としてクリスティーの上手さに感心する。そもそも、吹雪に閉じ込められた旅館に個性的な客達が集まって、という基本設定が嬉しいではないか。登場人物がそれぞれ程よく怪しいし、被害者はいかにも被害者だし。読者あるいは観客の、思考と感情とを手玉に取るクリスティーの上手さよ。

『悪の断面』 N・ブレイク ハヤカワ文庫

●『悪の断面』 N・ブレイク ハヤカワ文庫 読了。

 田舎のホテルに滞在している科学者一家。外国のスパイが科学者の発明を狙っていた。やがてスパイ組織は彼の娘を誘拐し、発明を渡すよう脅迫してきた。

 敵側の一味は最初から明らかにされている。メインの謎は、ホテルの滞在客の中で誘拐犯達に内通している者は誰か、である。オーソドックスなミステリの、殺人犯は誰かという謎に比べるとちと弱い。内通者の正体は、(伏字)がポイント。

 メインの謎がそんななので、作品の重点は先の展開への興味にある。作者は偶然を活用してすれ違いを演出し、物語を転がしてゆく。

●ところでこれで、ニコラス・ブレイクのミステリ長編をほぼ読み終えた。ほぼ、というのは別冊宝石に掲載された一作が未読なので。当該号は買ってあるから読もうと思えばすぐに読めるのだが、論創海外ミステリから出るという新訳を待とうと思う。いつになるか見当がつかないけれども。