累風庵閑日録

本と日常の徒然

『その死者の名は』 E・フェラーズ 創元推理文庫

●『その死者の名は』 E・フェラーズ 創元推理文庫 読了。

 デビュー作にしてこんな、(伏字)い結末を持ってくるとは、さすがフェラーズである。記しておきたいことは主に真相と結末についてなので、今日の公開日記はこれだけ。

『毒の矢』 横溝正史 角川文庫

●『毒の矢』 横溝正史 角川文庫 読了。

 今晩十八時から「毒の矢」の朗読ライブが開催されるのに向けて予習しておく。ついでに同時収録の「黒い翼」も再読して、本一冊読んだことにする。

 前回読んだのは八年前。光文社文庫から出た『金田一耕助の帰還』に収録されている「毒の矢」原型短編と読み比べたのであった。同時に、作品の変遷をたどるために人形佐七もの「当たり矢」と中絶作「神の矢」との読み比べもやった。その辺りは過去の日記で公開している。

「毒の矢」
 ちょっとした快作。気の利いた伏線があって、犯人が仕掛けたトリックがあって、そこに解決に結びつく手がかりがきちんと仕込まれていて。ミステリとしての型が整っている作品は、読んでいて気持ちがいい。事件の決着だけでなく物語の決着もきちんとつけるだけのページの余裕があるのは、改稿長編だからこそであろう。

「黒い翼」
 金田一耕助が、殺人事件に取り組むのではなく私立探偵として調査の仕事をしている日常が垣間見える点が興味深い。事件としては、金田一耕助の役割が薄いし犯人の設定が(伏字)のがちと心細いけれども。

●余勢を駆って人形佐七ものの「当たり矢」も再読。順番としてはこちらが先である。捕物ネタを現代もの「毒の矢」に作り変える手際がお見事。

 

『九つの銅貨』 W・デ・ラ・メア 福音館文庫

●『九つの銅貨』 W・デ・ラ・メア 福音館文庫 読了。

 全十七編を収録した童話集から五編を選んだそうで。出てくる人間達はそれぞれ個性豊かである。たとえば妖精の跳梁に腹が立つあまりノイローゼになった男。他人の幸せが憎くてしょうがない老人。一生を家事労働と家族の世話とに費やしてしまった老婆。

 出てくる妖精達は罪のない悪戯をする無邪気な存在ではなく、その気になれば人間を破滅させられる不気味さを漂わせている。物語は、ぎりぎりのバランスでかろうじて怪奇小説にならず、子供向けの読物に踏みとどまったような不安感がある。

「怪人と少年探偵」

光文社文庫江戸川乱歩『怪人と少年探偵』を、年明けくらいまでかけて細切れに読んでいくことにする。今日は表題作を読んだ。少年探偵団シリーズってのはこんな話、というテンプレートみたいな作品。単行本初収録だというから、ともかく読めるという意義はある。

『もうひとりのぼくの殺人』 C・ライス 原書房

●『もうひとりのぼくの殺人』 C・ライス 原書房 読了。

 途中までは、どうも捉えどころのない作品であった。主人公が殺人の容疑で警察に追われる身となる。ところが実際に疑いがかかっているのは、全く記憶にない別人としてであった。自分は二重人格で、無自覚なまま二重生活を送っているもうひとりのぼくが殺人をやってしまったのか。

 でも彼は、もうひとりのぼくは殺人をしていないと断言する。これまた捉えどころのない探偵役も、彼はやっていないと断言する。何か根拠があってそう言っているのか、それとも主人公の人柄から判断したのか。その辺りの議論が深まることなく、事件を詳細に検討することもなく、物語は主人公が追われるサスペンスを主軸にして流れてゆく。

 見知らぬ自分がもう一人いるという夢幻的な雰囲気を漂わせるこの作品の、最終的な着地点にはとても感心した。なんとまあそうくるか。それに、あっけらかんとした伏線はどうだ。傑作である。

『エラリー・クイーンの国際事件簿』 E・クイーン 創元推理文庫

●『エラリー・クイーンの国際事件簿』 E・クイーン 創元推理文庫 読了。

 犯罪実話にはあまり興味がない。悲惨で陰惨で無惨な現実の犯罪の、どこをどのように面白がればいいのか。殺人が面白いのは、架空だからこそである。たまにでくわす犯罪実話は、読むのがしんどい。

 ところが、だ。本書もまた実話ベースらしいのに、この面白さはどうだ。素材をどの程度アレンジしているのか分からないが、クイーンの物語作りの上手さなのだろう。

 上手く膨らましたら長編になるようなミステリ味の濃い話から、異国奇譚風の奇妙な話まで、内容はバラエティ豊かである。ほとんどが長くても十ページほどの掌編なので、はい次、はい次と、どんどん続きを読みたくなる。短いから当然描写も会話も簡潔で、その点でも読みやすい。

 ここでもう一度、ところが、だ。後半の「事件の中の女」パートになると急速に興味が薄れる。事件の面白さではなく、関係者の人間性に重点が移ってしまうのだ。つまりは普通の犯罪実話らしくなってしまう訳で、これでは読んでいて興味を感じ難くなる。ただし一編の例外があって、事件そのものが奇妙な「毒入りウイスキー事件」は面白かった。

 前半を楽しく読んで後半をやや惰性で読んだ本であった。

●注文していた本が届いた。
『幽霊島』 楠田恭介 湘南探偵倶楽部
『爪』 大下宇陀児 湘南探偵倶楽部

『ノー・ネーム』 W・コリンズ 臨川書店

●『ノー・ネーム』 W・コリンズ 臨川書店 読了。

 裕福な貴族の娘だとばかり思っていたのに、実は私生児だと判明した主人公マグダレンとその姉ノラ。題名は、私生児なので一族の姓を名乗る資格がない、すなわち名前がないという意味。

 父親が死んだとき、彼女達は法の壁に阻まれて財産を相続できなかった。代わりに相続したのは父親の兄マイケルで、全く正当な法の定めによるものである。にもかかわらずマグダレンは、マイケルを自分から財産を奪った敵と思い定めて闘いを挑む。この闘争がすこぶる面白い。両陣営に狡猾な軍師がいて、知力対知力、謀略対謀略のぎりぎりの闘いが繰り広げられる。

 先が読めないのも魅力である。物語を転がすためにはなんでもありで、強引な展開も極端な偶然もどんと来い。途中で(伏字)だのは、あまりの力づくで笑ってしまった。

 ところでこの作品は上中下の三巻本である。他人様には心底どうでもいいことだろうが、これで今月の読了数は三冊とする。

更新しない

●今日から上中下三巻本の長編を読み始める。私のペースだと読了までに一週間はかかるだろう。読了日記は来週半ばまで更新しない。

●定期でお願いしている本が届いた。
『<アルハンブラ・ホテル>殺人事件』 I・オエルリックス 論創社

『ブルクリン家の惨事』 コール 新潮文庫

●『ブルクリン家の惨事』 コール 新潮文庫 読了。

 老富豪の誕生パーティーのために屋敷に集まった人々。参加者の前で老人の遺言の内容が発表された翌日、二件の殺人が発覚する。なんとまあ、典型的な展開である。典型好きとしてはもうこれだけで嬉しい。しかもその殺人は、互いに相手を殺したように思える被害者とも加害者ともつかぬ死体が、書斎と庭という離れた場所で発見される奇妙さで。

 浮かび上がった容疑者は、ろくでなしだが殺人を犯すような人物ではない、と義理の娘は信じた。彼女とその恋人は、義父の冤罪を晴らすため独自の捜査に乗り出す。容疑者の一連の動きを記入した地図が挿入され、関係者達の行動タイムテーブルが整理され、事件に関するディスカッションが繰り返される。

 真相の意外性を重視せず、着実堅実な捜査の模様を主眼とする作風は好きなタイプである。恋人達の素人探偵ぶりもなかなかに軽快。哲学書を読む道路工事の夜警や、ドン・キホーテを連想させる奇人の浮浪者「スペイン人」といったほんのチョイ役が魅力的。犯人の計画もちょっとしたもの。もっと退屈するかと思っていたら、予想を大いに裏切られた快作であった。

●取り寄せを依頼していた本を受け取ってきた。
『白蝋仮面』 横溝正史 柏書房