累風庵閑日録

本と日常の徒然

一攫千金のウォリングフォード

天城一の個人短編集を半分まで。このまま通読するか、中断して別の本を手に取るか、それは明日の気分次第。

●注文していた本が届いた。
『一攫千金のウォリングフォード』 G・R・チェスター ヒラヤマ探偵文庫

●今月の総括。
買った本:八冊
読んだ本:十冊

『母親探し』 R・スタウト 論創社

●『母親探し』 R・スタウト 論創社 読了。

 ネロ・ウルフシリーズの長編である。読み味は安定のレックス・スタウト。登場人物の魅力と会話の面白さ、そして軽快な展開のおかげでサクサク読める。今回はアーチ―やソール・パンザー以下常連探偵まで捜査に投入してもなかなか進展しない難事件である。シリーズとしてはちょっとしたイレギュラーな展開もある。その辺りの、物語の起伏も嬉しい。巻末の訳者あとがきによれば、次回の翻訳もウルフものの長編が予定されているという。歓迎したい。

『ロニョン刑事とネズミ』 G・シムノン 論創社

●『ロニョン刑事とネズミ』 G・シムノン 論創社 読了。

 浮浪者ネズミことユゴーモーゼルバックが、大金の入った封筒を拾ったと警察に届け出た。その金は死体のそばで手に入れたのだが、ネズミは道端で拾ったと主張した。死体のことを知っているのはネズミと読者だけである。ロニョン刑事は、日頃から知っているネズミの態度に不審を抱き、裏に何かあると考えて個人的に調査を始めた。

 ネズミの思惑は、大金を手にして故郷に引退し悠々自適に過ごすこと。ロニョン刑事の思惑は、表沙汰になっていない事件を解決して出世すること。ふたり以外にも様々な人間達が、それぞれの欲と思惑とで動き回る。

 題名になっているロニョン刑事とネズミとの造形が光る。決してヒーローではなく鋭敏でもなく、ちょいちょい失敗するがそれでも地道に追及を続けるロニョン。警察のやり方を熟知してのらりくらりと追及をかわすネズミ。その他の登場人物達もそれぞれに個性的である。そんな彼らがどうも掴みどころのない事件の周辺を動き回る様子が、じわじわと面白い。また、ある手掛かりの意味が終盤で判明し、なるほどと感心する。

●朝のうちにシムノンを読み終え、街に出る。今日は東京で横溝関連のイベントがあるのだ。運営スタッフとして参加し、イベント中から夜のスタッフ打ち上げまで楽しい時間を過ごす。

●注文していた本が届いた。
『蒼社廉三 軍隊ミステリ集』 大陸書館

『議会に死体』 H・ウェイド 原書房

●『議会に死体』 H・ウェイド 原書房 読了

 地方で起きた殺人事件を解決すべく、スコットランド・ヤードから派遣されたロット警部。彼が地道に堅実に捜査を進める姿には、いわゆる足の探偵の面白さがある。その上更に、一筋縄ではいかない趣向が仕込まれている。他にも、ぼかして書くしかないのだが、犯行計画も真相の全体像も展開の畳みかけもお見事。また、ある手掛かりの意味がぱっと分かる瞬間にちょっとした切れ味がある。なかなかの秀作であった。

『新吉捕物帳』 大倉燁子 捕物出版

●『新吉捕物帳』 大倉燁子 捕物出版 読了。

 全体に人情噺の色が強いのは、作者の資質や志向なのであろう。ミステリの趣向よりも、人の世の哀歓を描くことの方に重点が置かれているようだ。男女の愛憎だとか親子の情愛、あるいは貧困の哀しさ、うっかり欲に迷った心の弱さなどなど。そういうのはどうも、私の好みから外れている。

 コメントを付けたい作品は多くない。「彼岸花」は、犯行の手段がちょっと面白い。(伏字)なんて、いっそ現代ミステリのようだ。「藪の中の空屋敷」も別の方向の面白さがある。大家の主人が何人も、大金を持ったまま失踪する。新吉が田舎者の金持ちに扮して、怪しい人物の誘いにわざと乗って潜入捜査をする。事件の規模の大きさやサスペンス主体で物語が展開するところなぞ、まるで昔の捕物映画のようだ。

 巻末に付録のように二編だけ、大倉燁子が担当した伝七捕物帳が収録されている。結局、本書ではこの二編が最も面白かった。「身代わり供養」は、油断して読んでいたら思いがけない捻りにやられた。(伏字)ネタだったとは。「美女と耳」は、形だけでもいくつか伏線が仕込まれている点を買う。伝七の推理の根拠の半分くらいは、真相が明らかになった後で持ち出されるけれども。そこら辺は捕物帳にありがちなので、ツッコむのは野暮である。

『前後不覚殺人事件』 都筑道夫 光文社文庫

●『前後不覚殺人事件』 都筑道夫 光文社文庫 読了。

 必要があって、三年前に読んだ本を再読。自分でも驚くほど内容を忘れている。真相を全く覚えていなかったのは、おそらくあまりに複雑だったからで。◇◇の手がかりから推理すると犯人は××だ! ってなシンプルさではない。これがこうしてこうなって、お次はこっちがああなって……と、真相だけでひとつの物語になる。

 都筑ミステリのある種の特徴が際立った作品。海外の映画やミステリなんかの雑学、豆知識がこれでもかとばかりにてんこ盛りである。巻末解説を読むと、どうやら文体にも大いに凝っているらしい。申し訳ないが私はさらりと読み進めてしまった。

 シリーズの主人公紅子は、冒頭から行方不明である。友人知人がやきもきするが、いつまで経っても姿を現さない。結局紅子は何をしていたのか。これがどうも、ちょいと腰が抜けるような事情であった。シリーズであることを逆手に取ったお遊びのようなものである。私は基本的にシリーズ作品を読む順番を気にしないのだが、これは発表順に読んだ方がよかったかもしれない。今更すぎるけれども。

●頼まれ原稿を二本書き上げて、それぞれの依頼主殿に送付した。近日のイベントに持って行く工作を仕上げた。アウトプットが順調である。今回都筑道夫を再読したのは、三本目の頼まれ原稿の題材にするためである。これはインプット。多分明日から原稿に取り掛かることにする。

●定期でお願いしている本が届いた。
『母親探し』 R・スタウト 論創社
『ロニョン刑事とネズミ』 G・シムノン 論創社

『料理長殿、ご用心』 N&I・ライアンズ 角川文庫

●『料理長殿、ご用心』 N&I・ライアンズ 角川文庫 読了。

 ヨーロッパ各国の一流シェフ達が、それぞれの得意料理になぞらえて殺される。犯人はかなり早い段階で読者に示されてしまうので、ミステリとしての謎はほぼない。犯行手段に特異な工夫があるわけでもない。見立て殺人とはいうもののそういう解釈もできるという程度で、外連味には乏しい。殺人事件の周辺で右往左往する、きわめて個性的でアクの強い人々を眺めて楽しむ作品であった。つまらないわけではない。全体に深刻ぶったところがなく、軽妙でサクサク読める。

●注文していた本が届いた。
『ソーラー・ポンズ、還る』 A・ダーレス 綺想社

『迷路荘の惨劇』 横溝正史 角川文庫

●『迷路荘の惨劇』 横溝正史 角川文庫 読了。

 先週から続けてきた、迷路荘改稿読み比べの一環である。ようやく長編までたどり着いた。中編版から大幅にページ数が増えることで、描写が丁寧になり展開が細やかになっている。中編版の不満点が解消され、ミステリとしての完成度が高くなっている。ただ、あらたにツッコミ所や疑問点も生まれているのだが。今回の読み比べの目的は、某企画向け原稿の下準備である。短編、中編、長編の比較はそちらに書くので、ここでは詳しいことは省略。

●この週末に二泊三日で、原稿執筆オフに参加してきた。長野県某所の温泉旅館に、総勢五名で籠もったのである。観光旅行ではないし何かイベントがあるわけでもない。一応は同じ部屋に集まるけれども、参加者それぞれが抱えている原稿に黙々と取り組む企画である。ただ、本当に厳しくストイックに原稿を書き続けるわけではない。酒も飲むし雑談もする。その辺の適度ないい加減さがリラックスにつながり、かえって原稿が進むという寸法である。

 結論として、とても有意義な企画であった。家にいたらついついYoutubeやその他インターネットをだらだら眺めてなかなか原稿が進まないのだが、予想以上に上記の比較原稿が捗ってしまった。ありがたいことである。参加者各位にとっても好評だったようで、またやりましょうということになっている。

『迷路荘の怪人』 横溝正史 東京文藝社

●『迷路荘の怪人』 横溝正史 東京文藝社 読了。

 中編が二編収録されている。

「迷路荘の怪人」
 短編版の三年後に、書き下ろしとして単行本に収録された。改稿によって、まとまった分量の警察による尋問シーンが追加されている。そのおかげで、関係者の証言を積み重ねて事件当時の状況がじわじわと明らかになってゆく展開になり、面白味がぐっと増している。真相解明の場面も大幅に書き込みが増え、関係者の行動がずいぶん明確になっている。真相そのものもこっちの方が、キーパーソンの心情がよく表れていて凄味が増している。その他全般的に描写が細かくなり、展開が丁寧になっている。

 犯人探しミステリは、やはりある程度ページ数があった方が面白い。中編化のおかげで完成度が高まっている。ただ、これでもまだ語り足りない部分が残り、真相の多くは金田一耕助の推測でしかない。真相が推測で語られるってのは横溝ミステリにありがちではあるのだが。また、短編版で感じた不満点が中編版でも解消されていない。行間を読む読み方をすれば解消できなくはないけれども。あるいは読み手の補間が必要である。

「トランプ台上の首」
 首のない死体ならお決まりの真相があるが、この事件は逆に首しかない殺人である。ところが(伏字)。飯田屋の取り調べの場面が、ここだけ艶笑落語みたいで可笑しい。ひとつ気になった点がある。ある小道具の扱いに引っ掛かる。メタ的な視点ならば、事件解決に向けて話を転がすきっかけとしての意味がある。だが、犯人の意図がよく分からない。

●明日からは長編版「迷路荘の惨劇」を読む。

●書店に寄って本を買う。
エステルハージ博士の事件簿』 A・デイヴィッドスン 河出文庫

『聖者対警視庁』 L・チャーテリス 日本出版共同

●『聖者対警視庁』 L・チャーテリス 日本出版共同 読了。

 聖者こと義賊サイモン・テンプラーものの中編が二編収録されている。「奇蹟のお茶事件」のオープニングはこんな具合。新発売の胃弱の特効薬「奇蹟のお茶」。ひょんなことから聖者の手元に転がり込んできたそのお茶の包みの中から、茶葉ではなくて札束が出てきた。

 ありがちな設定とありがちな展開とで、何も引っ掛かることなくすいすい読める。敵組織の無闇なスケールの大きさがかえってパロディめいた味わいを醸し出していることもあって、お気楽に楽しめる快作であった。さっと読んでさっと忘れてしまえばよろしい。

 「ホグスボサム事件」の方が面白かった。押入る家をうっかり間違えたことから、銀行強盗の仲間割れの現場に出くわしてしまった聖者。強盗計画の裏に勘付いた聖者は、彼らが奪った金を横取りしようと目論む。強奪計画のちょっとした捻りとすっきり決まったオチとで、こいつはちょっとした秀作。

光文社文庫横溝正史金田一耕助の帰還』から「迷路荘の怪人」を再読。「迷路荘~」について記憶を新たにする必要があるのだ。このあと今度の週末までに、中編版「迷路荘の怪人」、長編「迷路荘の惨劇」と読み比べる予定である。読み比べ自体は九年ほど前に一度やっているのだが、当然のようにほとんど忘れている。記憶をアップデートさせないといけない。さて、短編版を読んだ感想は九年前のものを再録しておく。

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 物語の冒頭で、作品の舞台背景や過去の経緯因縁をさらりと説明する、その手腕は抜群に上手いと思う。その技量は、「八つ墓村」、「悪魔の手毬唄」、「獄門島」などだけではなく、マイナーな中絶作「神の矢」でも発揮されている。ただしこの作品では、物語がはらんでいる情報量と作品のページ数との間で少々バランスが取れていないようだ。金田一耕助の登場シーンを間に挟んで、全体の約三割ものページが背景描写に使われている。解決部分で明らかになる関係者の深い感情も、ずいぶんあっさり片付けられている。改稿版で物語がどのように膨らんでゆくのか、楽しみである。