●『聖者対警視庁』 L・チャーテリス 日本出版共同 読了。
聖者こと義賊サイモン・テンプラーものの中編が二編収録されている。「奇蹟のお茶事件」のオープニングはこんな具合。新発売の胃弱の特効薬「奇蹟のお茶」。ひょんなことから聖者の手元に転がり込んできたそのお茶の包みの中から、茶葉ではなくて札束が出てきた。
ありがちな設定とありがちな展開とで、何も引っ掛かることなくすいすい読める。敵組織の無闇なスケールの大きさがかえってパロディめいた味わいを醸し出していることもあって、お気楽に楽しめる快作であった。さっと読んでさっと忘れてしまえばよろしい。
「ホグスボサム事件」の方が面白かった。押入る家をうっかり間違えたことから、銀行強盗の仲間割れの現場に出くわしてしまった聖者。強盗計画の裏に勘付いた聖者は、彼らが奪った金を横取りしようと目論む。強奪計画のちょっとした捻りとすっきり決まったオチとで、こいつはちょっとした秀作。
●光文社文庫の横溝正史『金田一耕助の帰還』から「迷路荘の怪人」を再読。「迷路荘~」について記憶を新たにする必要があるのだ。このあと今度の週末までに、中編版「迷路荘の怪人」、長編「迷路荘の惨劇」と読み比べる予定である。読み比べ自体は九年ほど前に一度やっているのだが、当然のようにほとんど忘れている。記憶をアップデートさせないといけない。さて、短編版を読んだ感想は九年前のものを再録しておく。
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物語の冒頭で、作品の舞台背景や過去の経緯因縁をさらりと説明する、その手腕は抜群に上手いと思う。その技量は、「八つ墓村」、「悪魔の手毬唄」、「獄門島」などだけではなく、マイナーな中絶作「神の矢」でも発揮されている。ただしこの作品では、物語がはらんでいる情報量と作品のページ数との間で少々バランスが取れていないようだ。金田一耕助の登場シーンを間に挟んで、全体の約三割ものページが背景描写に使われている。解決部分で明らかになる関係者の深い感情も、ずいぶんあっさり片付けられている。改稿版で物語がどのように膨らんでゆくのか、楽しみである。