累風庵閑日録

本と日常の徒然

『証拠は語る』 M・イネス 長崎出版

●『証拠は語る』 M・イネス 長崎出版 読了。 

 教授連の奇矯さと、殺人の真相について彼らが主張する奇説珍説とがひとつの読み所。その辺りの味わいはユーモアミステリというより、真顔で冗談を言うタイプの可笑しさがある。

 一番気に入ったのは、アプルビイが被害者の下宿に話を聴きに行くシーン。大家は、ある店子が引っ越した理由が「うるさい」だったことに大いに憤慨している。こんな静かな家がうるさいだなんてとんでもない。そんな会話が行われている周囲では、猫が鳴き犬が鳴き牛が鳴き鳩が鳴き無数の小鳥が鳴く。掃除機は唸り台所では洗い物中で食器がガチャガチャ。屋外の水車が回って衝突音をたて、その振動でマントルピースの上のグラスがカタカタ鳴る。どこからかエンジンの響きが聞こえてくる。

 結末の展開は読みごたえがあるし、最終的にたどり着いた真相も満足。今年の特に面白かった本一冊目である。(伏字)というツッコミどころはあるが、この書きっぷりではあまり気にならない。ロジック回りの細かいことにこだわる作品ではないのだ。

●今年から、長崎出版のGem Collectionを読んでいくことにする。全十六巻のうち十五冊を、年五冊ずつ読む三年計画である。

 第五巻のマイケル・イネス『アリントン邸の怪事件』は、同じ訳者の手になる改訳版を論創海外で読了済みなので除外する。論創海外版の訳者あとがきには、誤訳を改め読みやすいよう訳文を書き換え、ほぼ新訳に近い仕上がりだとある。そちらを既読なので、さすがに長崎出版版を読む気はしない。

●書くタイミングを逸していたのだが、注文していた本が数日前にが届いた。
人形佐七捕物帳 七』 横溝正史 春陽堂書店