累風庵閑日録

本と日常の徒然

『スペードの女王』 横溝正史 角川文庫

●『スペードの女王』 横溝正史 角川文庫 読了。

 なんとなく新規の本を読む気がしなかったので、こちらを再読。何度目か分からないが、九年ぶりである。もちろん内容はきれいさっぱり忘れている。今回はメモを取りながら読んでみることにした。読書会向けの読み方に近い。そうすると、案外いろいろ目に留まるものである。そのメモを踏まえてどなたかとネタバレで語りたいのだが、なかなか難しいだろう。細かな点を云々するには、お相手してくださるお方も一度ちゃんと読まないといけないし、申し訳ないが読書会の課題図書にするほどの作品でもないし。

 幽霊男や雨男といった怪人が跳梁するエログロスリラーとは違って、もう少し地に足の着いたスリラーである。その分地味でもある。私は実態を知らないけれども、往年のB級スリラー映画なんかがこんな雰囲気だったのかも、と想像する。作中では麻薬密売、政財界のスキャンダル、銃撃戦、といった要素が扱われており、横溝作品がいわゆる因習ネタだけではないことの好例である。また、金田一耕助と等々力警部との仲良しぶりが描かれて、その筋の読者をざわつかせる内容になっている。

 個人的な特筆事項がひとつ。Wikiによると、この作品の冒頭部分は戦後早い時期の中編「双生児は囁く」からの流用とのこと。そっちも読んでいるのだが、全く記憶に残っていない。さっそく内容を確認してみた。なるほど、人名やディテイルの違いはあれど骨格は同じである。「双生児は囁く」の冒頭を流用して短編「ハートのクイン」が書かれ、その後改稿・長編化されて「スペードの女王」に結実したというのが、作品の系譜である。