誰にも毒を投入できたはずのないシャンパンを飲んで死亡する被害者。誰にも、ということは被害者自身にもできなかったわけで、つまりは自殺説の否定こそが作品の重点である。状況は不可能犯罪だが、不可能興味は薄い。犯行手段の不可思議さについて、関係者はあまり頭を悩ましていないようだ。それどころか、関係者も警察も自殺として処理したがっている。なのにアーチー・グッドウィンのみが強行に自殺説を否定したことから、物語が動き出す。
巻末の訳者あとがきに、シリーズの傾向として「謎解きとしてのプロットにはさほど見るべきものはない」とあるが、その通りだと思う。本書でも、殺人手段の解明につながる情報は(伏字)。
このシリーズの魅力は、ウルフとアーチーの造形と、軽快な会話、スピーディーな展開にあるのだ。また、時折ウルフが口走る理屈も面白さのひとつ。本書でもそういった美点は十分に発揮されている。読んでいて面白い、というやつだ。